裁判で離婚を成立させるために必要な「法定離婚原因」の一つに「悪意の遺棄」があります。
悪意の遺棄とは
悪意の遺棄は、「あくいのいき」と読みます。以下、最初に、定義と具体例を説明します。
悪意の遺棄の定義
通説に従えば、悪意の遺棄とは、①積極的に夫婦生活を破綻させる、あるいは破綻しても構わないという意思の下で、➁正当な理由なく、同居・協力・扶助義務違反、あるいは婚姻費用分担義務違反の状態を一定程度継続させたことを指します。
この「悪意の遺棄」は法定離婚原因(民法770条1項)の一つであり、これが認められる場合、裁判離婚が成立し得ます。
参照:法定離婚原因とは
また、一般に、遺棄された側は遺棄をした側(義務違反者側)に対して、慰謝料を請求することも可能と理解されています。
悪意の遺棄の具体例
悪意の遺棄の具体例には、次のようなものがあります。
- 配偶者が浮気をして、浮気相手と同棲生活を開始し、配偶者との関係を断った。
- 相手方配偶者に収入がないことを知りながら、別居期間中に生活費を送金しなかった
- 妻の生活費が不足していることを知りながら、婚姻費用分担調停等で決められた生活費を支払わない
- 行く当てもない配偶者を家から追い出し、同居させなかった
「悪意の遺棄」の二つの要素
「悪意の遺棄」の定義につき、上記で説明しましたが、平たく言うと、悪意の遺棄は、夫婦共同生活がだめになるのを分かっていた、問う状況で、夫婦関係をかえりみないことを指します。
もう少し、詳細に見ていきましょう。
悪意の遺棄は、文字どおり、①悪意であることと➁遺棄したこと、という二つの要素からなりたちますので、この二つに分けて説明をします。。
悪意について
ここでいう「悪意」とは、「夫婦関係を破綻させる」意思を指します。夫婦関係が破綻しても構わないと思っている、というレベルでも、ここにいう「悪意」に含まれます。
他方で、夫あるいは妻が、「夫婦関係の継続を望んでいる」という意思を有していた場合には、「悪意」は否定されます。
この「悪意」が相手にあると認定されないと、「悪意の遺棄」を理由に裁判離婚をすることはできません。
遺棄について
遺棄とは、➁正当な理由なく、同居・協力・扶助義務違反、あるいは婚姻費用分担義務違反の状態を一定程度継続させたことを指します
要するに、一緒に住まない、生活費を過程に繰り入れない、家庭生活を維持するための協力をしない、といった状態が正当な理由の無いのに続いている状態です。
なお、一回だけ、生活費を入れない、などの事情があっても「遺棄」にはあたらないと解されており、その同居義務や生活費の支払義務の不履行が「ふつうは夫婦関係が破綻するよね」と言える程度に継続していることも悪意の遺棄を認定するために必要な要素となります。
「遺棄」と「悪意」の関係
上記で、「悪意」と「遺棄」の二つの概念を説明しましたが、「遺棄」がなされた、というケースでは、「悪意」もある、と判断されるケースも多く、遺棄が認定される場合に、悪意が否定される、というのは、何か、積極的に悪意が無いとの認定を得られるだけの特別な事情があるケースではないか、と思われます。
夫婦の一方が、正当な理由なく、同居・協力・扶助義務等・婚姻j費用の分担義務を果たしていないというケースでは、それは「ふつうは、夫婦関係が壊れても構わない」という気持ちがあったからなんじゃないのか、との推論が働くからです。
この意味において、「悪意の遺棄」が認定されるかの審理に際しては、「遺棄」が認定されるか否かに大きなウェイトがおかれます。
正当な理由とは
上記定義にいう「正当な理由」は、「義務違反の違法性を否定する事情」と理解されます。
語弊を恐れずに言えば、確かに一方配偶者の義務違反はあるけれども、「それはひどい配偶者だとは言えないね」という事情があれば、正当な理由が肯定され、ひいては「悪意の遺棄」が否定されます。
反対に、「悪意の遺棄」がある、と主張したい側からすれば、そんな義務違反をするなんて、「ひどい配偶者だ」と言える事情を主張していくこととなります。
悪意の遺棄が認定されるか否かは、大雑把に言えば、「一方配偶者の義務違反の継続」があるか否か、「それはひどい配偶者だ」といえるだけの事情があるか、が重要なポイントです。
「正当な理由」の概念は、法律上の評価・価値判断を含む概念であり、同居義務違反を例とすれば、別居に至った経緯や理由、別居中の生活状況などが勘案され、「ひどい配偶者だ」と言えるだけの事情の有無が審理されることとなります。
その典型例が、先ほど挙げたような「配偶者が浮気をして、浮気相手と同棲生活を開始し、配偶者との関係を断った。」とか「相手方配偶者に収入がないことを知りながら、別居期間中に生活費を送金しなかった」というケースです。
最高裁において、「妻が婚姻関係の破綻について主たる責任を負い、夫からの扶助を受けないようになったのも自ら招いたものである場合においては、夫が妻と同居を拒みこれを扶助しないとしても悪意の遺棄に当らない。」との趣旨の判示がなされたことがあります(最高裁昭和39年9月17日判決)。
悪意の遺棄の認定事例
以下、正当な理由の有無等の判断に際して参考となる悪意遺棄の認定裁判例を紹介します。
- 事例:電灯の無い部屋に2年近く別居させたことなどの事情にて悪意の遺棄を肯定した裁判例
- 事例:一方的な別居を理由に「悪意の遺棄」を認定した裁判例
- 事例:「専業主婦型」と「共働き型」夫婦に関する「悪意の遺棄」の二つの裁判例
裁判における留意点
上記に悪意の遺棄の概念などを説明しましたが、ここで次の2点につき補足します。
- 悪意の遺棄の立証の問題
- 悪意の遺棄と婚姻関係破綻との因果性の問題
悪意の遺棄の立証の問題
上記にて、「悪意の遺棄」は法定離婚原因になる、と説明をしました。
悪意の遺棄によって夫婦関係が破綻した場合、裁判で離婚を請求することが可能です。また、悪意の遺棄は、後述のとおり、慰謝料の発生原因にもなり得ます。
ただ、裁判で「悪意の遺棄」を主張する場合、多くのケースで、他方当事者はその主張を争います。
そして、当事者の主張に争いが生じた場合、裁判所に「悪意の遺棄」がある、と認めてもらうためには、別居や婚姻費用の不払いなどにつき証拠に基づいて立証(証明)をしていくことが必要です。
裁判所は、「悪意の遺棄」を基礎づける事実について、証明がなされない場合、「悪意の遺棄」を理由とする離婚成立の判決を書いたり、慰謝料の支払いを命じたりする判決を書いたりすることができません。
そのため、現に「悪意の遺棄」を主張する場合には、その評価を基礎づける証拠があるか無いかが非常に大切となります。
「悪意の遺棄」が争点となる場合の典型的な証拠となるものとしては、たとえば、次のような資料があります。
- メールやLINEの履歴
- 着信・発信履歴・話し合いの録音
- 通帳の履歴、取引明細
- 賃貸借契約書や光熱費の領収証など
もっとも、どういった証拠が必要かは、ケースごと、証明の対象となる事実毎に異なるので、注意が必要です。この点については次の記事でも解説していますので、ぜひご参照いただけますと幸いです。
参照:悪意の遺棄の証明と証拠
悪意の遺棄と婚姻関係破綻との因果性の問題
また、「悪意の遺棄」につき、「別居」「同居義務違反」が主張される場合、得てして、その別居・同居義務違反によって、夫婦関係が破綻したのか否か、という因果性が争われ得ます。
たとえば、妻に夫に対する暴力が原因で夫婦関係が破綻⇒夫が別居開始⇒妻から離婚訴訟の提起という推移をたどるケースを想定し、妻が「夫の別居開始」を捉えて、「同居義務違反であり悪意の遺棄だ」と主張したと仮定します。
この場合、夫側からは、別居・同居義務違反によって「夫婦関係が破綻したのではない」、その前段階の「妻の夫に対する暴力が原因で夫婦関係が破綻したんだ」と反論してくることが考えられます。
このケースにおいて、裁判で、現に妻の夫に対する暴力が存在し、これによって既に婚姻関係が破綻していたと認められるのであれば、往々にして、別居開始につき、「正当な理由」があるとか、別居が夫婦関係破綻の原因ではない、などと判断されます。
上記の通り、「悪意の遺棄」は法定離婚原因の一つですが、「夫婦の一方の同居義務違反等」によって夫婦関係が破綻したのか、すでに夫婦関係が破綻していたので、同居義務が履行されなかったのか、という視点・時系列は裁判の結論を左右することになりますので、常に注意が必要です。
裁判で悪意の遺棄が認定される場合の影響
悪意の遺棄が法定離婚原因であることは冒頭述べた通りですが、裁判で、悪意の遺棄が認定される場合、次のような影響が生じえます。
- 遺棄した側が有責配偶者としての評価を受ける
- 慰謝料請求の対象となる
遺棄した側は有責配偶者としての評価を受ける
トートロジーな面がありますが、「悪意の遺棄」が肯定される場合、その遺棄を行った者は有責配偶者との評価を受けます。
そして、仮に有責配偶者としての評価を受けた場合、有責配偶者側からの離婚請求は、原則として否定されます。
この場合において、遺棄をしたものからの請求で離婚を成立させるには、相当長期の別居期間が経過している等、特別な事情が必要となります。
慰謝料請求の対象となる
また、悪意の遺棄と認定されるケースでは、一方当事者に義務違反が肯定されますので、これに対する慰謝料請求が認められ得ます。
慰謝料の金額は、遺棄の内容・違法性の程度によって変わり得ますので、相場はあってないようなものです。
悪意の遺棄の慰謝料に関する裁判例の紹介
ここでは、二つほど、裁判例をお示しします。なお、後者の裁判例は不貞行為と悪意の遺棄について、それぞれ慰謝料を算定している面でも参考になります
裁判例1 東京地判平成29年9月29日
原告及び被告は、平成27年1月17日に本件マンションにおいて同居していたが、被告は、同月19日に本件マンションから転居して別居し、原告及び被告は、その後に同居することがないまま、同年11月27日に協議離婚したものと認めることができるのであって、このような原告及び被告が協議離婚に至る経緯に照らしてみると、被告による同居義務違反及び悪意の遺棄が決定的な端緒となって、離婚するに至ったものと認めることができる。
このような原告及び被告が離婚するに至った原因と経緯のほか、婚姻期間が1年6月余りにとどまり、同居期間が8月余りにすぎないこと、その他諸般の事情を考慮すると、被告が原告に対して支払うべき慰謝料は、10万円と認めるのが相当である。
裁判例2 東京地判平成28年3月31日
被告は原告と同居していたEのアパートを出て、平成24年12月1日から原告と別居しているが、・・・被告はAとの交際を主たる目的として、原告が被告との関係修復を望む態度を示していたにもかかわらず、一方的に別居に踏み切ったものというべきであり、また、その後は生活費の負担等、夫婦間の協力義務を果たすこともなかったものと認められる(弁論の全趣旨)。
以上のような、別居の態様からすれば、原告と被告が共に就業しており、別居によって原告が直ちに経済的に困窮したとの事情が窺われないことを考慮しても、被告による別居は、悪意の遺棄として、原告に対する不法行為に該当するというべきである。
被告とAとの間の不貞関係が認められ、被告はAとの交際を主たる目的として、原告が被告との関係修復を望む態度を示していたにも関わらず一方的に別居に踏み切ったこと、更には、別居により、結果として、原告が被告と長男と同居するとの予定が実現されなくなったことなどの本件に現れた一切の事情を考慮すれば、不貞行為について100万円、悪意の遺棄について50万円の慰謝料をそれぞれ認めるのが相当である。
インターネット上で散見される金額は「相場」とは言い難い
なお、インターネット上では、相場観として50万円から300万円程度と説明されることが多いようです。
また、数百万円の慰謝料を認める事例なども散見されるところではあります。
ただ、そうした裁判例は、ごくごく悪質な事案であったり、あるいは遺棄された側が遺棄した側に対して過去において相当程度の経済的出捐をしている、といった事情などが加味されていたりします。
50万円から300万円という数字は大きな幅があり、参考にしにくい一方で、数百万円という金額は、悪意の遺棄の慰謝料としてはめずらしいケースであり、「相場」としては、ここからさらに割り引いて考えなければならないのが現実だろうと思われます。