悪意の遺棄の証明と証拠

悪意の遺棄は、法定離婚原因のひとつであり、たとえば、夫が妻に対して「悪意の遺棄」を行った場合、妻は、夫に対して、裁判で離婚や慰謝料の請求をすることができます。

もっとも、夫が妻に対して、「悪意の遺棄を行った」として、妻が離婚や慰謝料等の請求をする場合、「悪意の遺棄を行った」ことを基礎づける事実の証明を行わなければなりません。

当事者双方の言い分に争いがあり、かつ、妻が証拠によって証明することができない場合、裁判のルールでは、「悪意の遺棄を基礎づける事実は無かった」もの扱われ、「離婚や慰謝料の請求は認められない」との結論になります。

なお、以上のルールは、妻が夫に対して悪意の遺棄を行った、と言う場合にも妥当します。

「悪意の遺棄」における証明の対象

悪意の遺棄は、正当な理由なく、夫婦の同居義務・協力義務・扶助義務が果たされていない、と言う場合に認められます。

参照:悪意の遺棄とは

義務違反の事実の証明

たとえば、妻が、「夫が一方的に別居を開始した」と主張するケースの証明の対象を考えてみましょう。

この場合、まず、「別居の開始」の開始が証明の対象となります。「別居が開始したこと」自体は、争いとなることは少ないものの、夫がこれを争う場合、妻は、これを証拠で基礎づける必要があります。

また、次に述べる「正当な理由」の審理とも重なりますが、妻が「別居は夫が一方的に行ったものだ」と主張する場合、これを基礎づける事実も妻側が証明すべき対象となります。

この場合、たとえば、妻としては、「夫との間で話し合いの場を持とうとしたこと」、「夫が話し合いの場を持とうとしなかったこと」、あるいは「同居継続に向けた話し合いを拒絶したこと」などを証拠で基礎づけて、「別居は夫が一方的に行ったものだ」との裁判所の心証を獲得していくこととなります。

「正当な理由」の審理について

ところで、通説的な理解に従えば、悪意の遺棄は、「正当な理由なく」同居義務違反等があった場合に認められます。

この「正当な理由」の証明をどう位置付けるかについては、理論面で難しい問題がありますが、実務的には、夫婦双方が、「別居開始の理由」につき、それぞれが主張を行い、裁判所は、夫婦いずれの主張を事実と認定できるか、と言う形で審理されることが多いように思われます。

この場合において、裁判所は、客観的な証拠や、当事者の尋問等を経て、どちらの言い分に信用性があるかを検討して認定していくことになります。

悪意の遺棄を基礎づける証拠

「悪意の遺棄を基礎づける証拠」となりうる典型例・具体例としては、たとえば、次のような証拠があります。

  • メールやLINEの履歴
  • 着信・発信履歴・話し合いの録音
  • 通帳の履歴、取引明細
  • 賃貸借契約書や光熱費の領収証など

    典型的な証拠

以下、「別居の事実」や「別居時・別居後の事情」を証する証拠につき、説明を加えて紹介していきます。

メールやLINEの履歴

メールやラインの履歴は、別居中の当事者間のやりとりを証明するものとして、悪意の遺棄を証する主要な証拠となりえます。

一方当事者が、夫婦関係を改善したい、と申し入れているのに対して、他方当事者がこれに応対しているか、無視・むげにしていないか、婚姻費用について話し合いがなされているか、離婚について、双方がどう考えていたのか、などメールやラインからは、様々な事実を抽出できることが多いです。

参照:「無視」は悪意の遺棄を基礎づける事情となるか。

参照:事例:一方的な別居を理由に「悪意の遺棄」を認定した裁判例

着信・発信履歴・話し合いの録音

携帯電話やスマートフォンの着信・発信履歴も証拠の一つとなります。電話の頻度・着信に対する折り返しの有無などが履歴から読み取ることが可能です。

また、スマートフォンなどを介した電話録音の内容ももちろん、証拠の一つとなります。

通帳の履歴、取引明細

口座の通帳の履歴や取引明細は、特に、婚姻費用の分担の有無が問題となるケースで重要となりうる証拠です。

通帳の履歴や取引履歴は、別居中、たとえば、夫から妻に対して生活費の分担がなされていたか、振り込みがあったか等の事実を証明する証拠となります。

参照:離婚理由”生活費を渡さない”の意味合いは?悪意の遺棄になる場合とならない場合

賃貸借契約書や光熱費の領収証など

賃貸借契約書や光熱費の領収書などもケースによっては重要な証拠となります。

たとえば、「追い出し行為」により、一方当事者が、別居を開始せざるを得なかったという事案や、別居開始時点に争いがある、という事案では、別居先の建物の賃貸借契約書や、光熱費の領収証などが証拠の一つとなり得ます。

参照:自宅からの追い出しと悪意の遺棄

証拠は要証事実との関係で考える

上記に、悪意の遺棄を基礎づけうる「典型的な証拠」としていくつか紹介しましたが、実際のケースでは、証明すべき対象となる事実はケースごとに異なります。そのため、「重要となる証拠」もケースごとに異なり得ます。

たとえば、夫が、愛人と生活をするために別居を開始した(不貞行為+悪意の遺棄の事案)では、「愛人」との同居を基礎づける証拠が、不貞だけでなく、「悪意の遺棄」の認定をうけるための証拠となります。

また、「夫が生活費をくれないこと」を悪意の遺棄の中核的な義務違反に据えるべきケースでは、夫の収入や妻の収入に関する資料、妻側の口座に残された預金残高などを証する証拠、さらには「婚姻費用分担調停」が行われている場合には、その際に提出された資料や当該調停の調書などが重要な証拠となります。

上記の通り、証明すべき対象となる事実はケースごとに異なりますので、悪意の遺棄を基礎づける証拠があるか無いかを検討する際には、その裁判で何を証明しなければならないか、という要証事実を念頭において精査していくことが肝要です。

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