今回は、「悪意の遺棄」を基礎づける事情のなりうる「無視」についてです。
悪意の遺棄と「無視」
「悪意の遺棄」における、「遺棄」とは、正当な理由がないのに、夫婦の同居・協力・扶助義務・婚姻費用の分担義務違反を一定期間継続することを指します。
たとえば、「別居の理由が一方的な事情によること」や、「別居中、収入のある一方配偶者が、経済的に困窮した他方配偶者に生活費を支払わない」といった事情が「悪意の遺棄」を基礎づける事情となります。
参照:悪意の遺棄とは
別居中の夫婦間の連絡「無視」は悪意の遺棄を基礎づける事情となり得る。
たとえば、夫が家を出て、別居を開始した後、妻が、夫に、「夫婦関係の改善をしたい」、「夫婦としてやり直したい」「戻ってきてほしい」といった申入れをメールやラインで送っている場合、これは別居期間中の妻からの同居に向けた夫婦関係改善のアプローチと言えます。
これに対して、夫が、何らの理由もなく、これを再三にわたって無視する行為は、夫の「同居義務違反」あるいは「協力義務違反」を基礎づける(その違法性を増大させる)対応です。
妻が「同居」に向けた話し合いをしようとしているにもかかわらず、夫がこれを無視する、という行為は、夫が「同居義務を履行する意思のないこと」あるいは「同居義務の履行に向けた行動をとっていないこと」を基礎づけ、夫による「悪意の遺棄」を認定する事情となりえるのです。
協力義務違反・婚姻費用分担義務と一方配偶者による無視
また、別居中であっても、夫婦の協力義務は継続します。また、多くの場合、婚姻費用分担義務の問題も生じえます。たとえば、妻からこうした義務の履行を促すメールやラインが夫に出されたのに、夫が理由なくこれを無視していた、というケースでは、やはり「無視」が悪意の遺棄を基礎づける一つの事情となります。
たとえば、幼い乳幼児を監護・養育する妻が、生活が経済的に困窮していることをメールで再三にわたって伝えているにも関わらず、これを夫が再三にわたって無視する行為は、悪意の遺棄を基礎づける事情となります。
悪意の遺棄に該当するかは「無視」も含めて総合的に判断する
ある夫婦間において、同居義務違反や夫婦協力義務違反などがあるか否かを判断するに際しては、当該個別具体的なケースにおける事情が総合的に考慮の対象となります。
したがって、単純に「無視」があったから、といって、これをもって直ちに「悪意の遺棄」が成立するとは言えません。
もっとも、たとえば、別居開始当初は、「悪意の遺棄」とまでは言えないケースであっても、別居中、妻からの同居に向けた話し合いの連絡を夫が無視し続けている、という状態が理由なく続けば、往々にして、夫による別居の継続が悪意の遺棄に該当すると評価される可能性は高まります。婚姻費用分担義務も履行されていない、と言う場合にはなおさらです。
ケースによっては、無視が続いたことにより、夫による「一方的な別居である」と評価されるケースもでてくると思われます。
参照:事例:一方的な別居を理由に「悪意の遺棄」を認定した裁判例
「家庭内における無視」に関する一考
上記は、別居中の「無視」を念頭に置いた説明ですが、「家庭内における同居中」の「無視」はどうでしょうか。
「無視」には、往々にして、「人格非難・人格攻撃としての側面」を見出しうるため、家庭内における「無視」については、通常、「モラハラ」該当性の有無などの問題となり、「婚姻を継続し難い重大な事由」該当性が検討されるのが一般的です。
そのため、家庭内・同居中における「無視」は別居中の場合と比較すれば、「悪意の遺棄」が正面から問題となるのは、相当例外的な場合かもしれません。
もっとも、同居中であっても(あるいは家庭内別居の場合おいても)、「無視」は、ケースによっては、「悪意の遺棄」を基礎づける事情となり得ます。
「家庭内・同居中の無視」であっても、上記と同様、一方当事者からの夫婦関係改善の申入れ・意思表明がなされているにも関わらず、他方当事者がこれを無視し続けている、と言える場合には、これをもって「夫婦の協力義務違反」を観念する余地があるためです。
「無視」「話し合いの回避」以外に、モラハラに該当するような言動の証明ができない、と言えるケースでは、離婚理由を「悪意の遺棄」として構成し、「夫婦関係の改善」に非協力的であることを基礎づける事情として、「無視」を主張する実益が生じえるように思われます。