事例:一方的な別居を理由に「悪意の遺棄」を認定した裁判例

悪意の遺棄は、正当な理由のない夫婦の同居義務・協力義務・扶助義務違反などを指しますが、悪意の遺棄をめぐって、現実的にも理屈としても、悩みが深くなるのが「別居」と「悪意の遺棄」との関係です。

一方的な別居について

同居義務違反と悪意の遺棄のなかでも、「一方的な別居」といわれる類型を取り上げます。

なお、同居義務違反と悪意の遺棄については、次の両ページでも解説していますので、併せて、ご参照いただけますと幸いです。

参考:悪意の遺棄とは

参考:同居義務違反と悪意の遺棄

別居には、悪意の遺棄に該当するものとそうでないものがある

夫婦の別居は、離婚に先立って、現実的にしばしば行われています。

この「別居」があった場合に、その全てについて、「違法」「悪意の遺棄」に該当すると評価をすることはできません。このことは、現実社会をみれば明らかです。

そのため、「別居」には、「違法」「悪意の遺棄」に該当するものと、そうでないものとの二つがある、ということとなります。

一方的な別居は悪意の遺棄に該当する可能性が高い

「悪意の遺棄」に該当するものと、そうでないものとを切り分けることは必ずしも容易ではありませんが、別居の態様が「一方的である」とか「身勝手である」と言える場合、当該別居は「悪意の遺棄」に該当する可能性が高いです。

トートロジーではありますが、別居が一方的・身勝手であるとの評価は、そのまま、同居義務違反を正当化しうるだけの事情がない(=正当な理由が無い)がない、との評価に結び付くからです。

そして、「一方的な別居」であることを理由に「悪意の遺棄」が肯定される場合、通常は、裁判離婚及び慰謝料請求が可能となります。

問題は、どんな場合に「一方的な別居」との評価が妥当するか、という点ですが、この点で重要な示唆となるのが、次に紹介する東京地方裁判所平成29年9月29日の判決です。

 

東京地方裁判所平成29年9月29日判決の紹介

東京地方裁判所平成29年9月29日判決は、一方的な別居が悪意の遺棄に該当すると判断された事例判決です。

この判決は、「一方的な別居の開始、「一方的な別居そのもの」という評価を明示したうえで、悪意の遺棄該当性を肯定しています。

認定された事実

事案の理解・評価のため、認定された事実を紹介します。

なお、ここで紹介する事実は判決で認定された事実すべてではないこと、紹介方法として、内容を改変しない限度で読みやすく、字句を整えていること、ご留意ください。

別居開始時の事情

同判決は、別居開始時(平成27年1月19日)に関する事実として次の事実を認定しています(この事例では、原告=妻 被告=夫を指します。)

別居開始時の事情 

  • 被告は,あらかじめ原告の同意を得て本件マンションから転居して別居したものではない。
  • 事前に別居することについての協議を行ったものでもない。
  • 被告は,原告に対し,同日付け「Dear・X子」と題する書面を作成し,「数日の辛抱、ごめんね。」及び「必ず二人にとって今までの悩みは何だったんだろうってぐらい、不安のない日々を整えてみせるからね。」等と記載していたものと認めることができるが,当該証拠によっても,別居に至った個別具体的な理由及び具体的に帰宅する時期も明らかにしていない

別居開始後の事情

また、裁判所は、別居開始後の事情として、次のような事情も認定しています。

別居中の夫婦のメールのやりとり
  • 原告は,被告に対し,・・・「私は貴方とやり直したいです。」,「私の立場からすれば、私の言い分が沢山ありますが、貴方が聞きたくないならば、それも飲み込みます。」,「ただ、身に覚えのない事は謝る事はできません。「嘘をついていた」という嘘をつくことはできません。」及び「やり直すためにどうしたら良いのか、貴方の気持ちを知りたいです。」との電子メールを送信した」。
  • これに対し、「被告は,原告に対し,同日,「私が論文原稿提出直前というタイミングであると知っているあなたが、私への応援の言葉もなく、こんなによそよそしく、冷たいメールを送ってきたことに愕然としております。」との電子メールを送信していたにとどまるものと認めることができ,復縁・同居に関する意見を述べるところはなかった。」
別居中の夫婦の会合の内容
  • 被告は,同年1月31日に(夫婦双方の父を交えて)、被告と会合した際には,原告に関する不十分な点を摘示するにとどまっていたものと認めることができるのであって,同居に向けた方策等について言及するところはなかった。
  • 被告は,同年2月27日に原告と会合した際にも,具体的な同居の提案等をしていたものと認めることはできない
夫婦の一方からの離婚意思の表明
  • 被告は,原告に対し,同年3月5日付けの書面に,「今までの経緯及び先日お会いした際の状況を考えますと、あなたと夫婦として今後続ける事は難しいと判断しています。つきましては、先日直接提案させていただいたように、法律上の夫婦関係を解消すべく、離婚届を作成し提出するしかないと思いますので、あなたのご意向をお聞かせ下さい。」等と記載した。
  • 被告は,同年5月24日付け「X子様」と題する書面に,「これまでの経緯を考えると、私たちは、残念ながら意思の疎通ができない関係となっており、夫婦として破綻していると認めざるを得ないことは明らかだと思います。」及び「私は、あなたとの関係を修復した上で夫婦関係を維持していこうとする意思も自信も全く持てません。」等と記載し,離婚届を同封して送付した。

一方的な別居として悪意の遺棄該当性を肯定

裁判所は、上記のような事情の下で、次のように述べて、悪意の遺棄該当性を肯定しています。

「被告が原告と別居する際の態様及び被告の別居後における言動に照らしてみると、被告は、原告に対し、事前の説明をすることもなく、一方的に別居を開始し、関係の修復を求められても、具体的な同居に向けた協議・提案等を行うことなく、これを拒絶して別居を継続していたものということができるのであり、被告による当該別居について正当な理由があるものとはいい難く、同居義務(民法752条)に反し、原告に対する悪意の遺棄に当たるというのが相当である」

 

裁判例が示唆する「一方的な別居」か否かの判断材料

上記のとおり、東京地方裁判所平成29年9月29日判決は、別居の態様につき、「一方的な別居」と表現し、悪意の遺棄該当性を肯定した事例です。

上記裁判例における判断材材

判決の理由からは、「一方的な別居」と言えるか否かを検討するに際し、次の各点を示唆として受け取ることが可能です。

  • 別居が一方的である、との評価を与えるに際して、「別居開始時のみならず、別居開始後の事情」も斟酌される。
  • 別居開始時の事情として、「別居の理由及び帰宅時期を相手に告げたか否か」が評価の対象とされる。
  • 別居中の事情として、「一方当事者が復縁に向けた協議を申し入れ、あるいはその意思表明をしているか否か」及び「これを受けた相手当事者が、同居に向けた提案・方策を示したか否か」が評価の対象とされる。

「一方的な別居」と「そうでない別居」とを区別することは、実際上は相当難しいところですが、判例が示した上記のような認定・評価が該当するか否かが、ある別居が「一方的」といえるか否かを判断する際の重要な判断材料となるといえそうです。

※なお、裁判所は、夫からの離婚意思の表明及びその時期を認定していますが、この認定には、夫婦関係の終局的な破綻時期や、別居と婚姻関係破綻の因果性判断が内在しているものと考えられます。

留意点

最後に、上記判例の理解にかかる留意点を述べておきます。

上記判例は、「別居した当事者が別居原因や帰宅時期を示さなかった」「妻が望んでいるのに、夫が同居に向けた提案・方策を示しなかった」といった事情があれば「一方的な別居」との評価を与えうる、との判断をしているものではありません。

こうした事情が重要な評価対象になりえるのは間違いないのですが、たとえば、別居原因が夫婦にとって顕著であったというケースでは、「別居原因を相手に示さなかった」との事情のウェイトが下がることもありえます。

また、上記判例は、別居を開始した側から、常に、同居に向けた提案・方策を提案しなければならない、としたものでもありません。たとえば、夫が、妻の異性関係を理由に、家を出た場合といった場合、上記裁判例とは異なった評価がなされることが想定されます。

「一方的な別居か否か」を判断するに際しては、上記に示した事情や評価以外にも、たとえば、別居前の段階における夫婦関係の如何や別居に先立つ夫婦関係悪化の原因等も考慮の対象となります。

※ 本記事では紹介しきれませんでしたが、上記裁判例も、別居前の夫婦関係などを別途、詳細に認定しています。

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