同居義務違反と悪意の遺棄

悪意の遺棄は、「法定離婚原因」のひとつであり、これが認められた場合、遺棄をした者に対する離婚請求や慰謝料請求が成立し得ます。他方で、民法が定める法定離婚原因の中でも、「悪意の遺棄」は、概念が広く、理解に難しい事由のひとつです。

今回は、この「悪意の遺棄」と同居義務違反について説明・検討します。

悪意の遺棄の概念

「悪意の遺棄」の定義や基本的な概念は、次のページで説明した通りです。

参照:悪意の遺棄とは

再度、整理をしておくと、「正当な理由なく、同居・協力・扶助義務違反、あるいは婚姻費用分担義務違反の状態」には「遺棄」が肯定され得ます。

そして、正当な理由のない同居義務違反が肯定される場合、「悪意」も肯定されるケースが多くなります。そのため、同居がないことを理由に悪意の遺棄が成立するかは、「正当な理由のない同居義務違反」が継続している、といえるか否か、が実質的な検討対象となります。

 

同居義務違反にかかる正当な理由について

では、上記にいう「正当な理由」とは何でしょうか。

文理で、整理すれば、この「正当な理由」は、その「同居義務違反を正当化しうる事情」を指すことになります。

ただ、裁判などの実務では、実質、この正当化事情を考慮するに際して、裁判官の価値判断(夫婦関係の破綻の原因を作出していると言えるか、もっといえば、離婚を認めるべきか否定すべきか、の結論的判断)がなされています。

そのため、語弊を恐れずに言えば、「正当化」事由があるか否かは、「同居義務を理由とする離婚を成立させるのも、止む無し」との裁判官の価値判断を得られるほどに、「その配偶者がひどい配偶者といえるか否か」という判断枠組で考える方が、思考の整理として腑に落ちやすいのではないかと思います。

「正当な理由とは何か」を抽象的に云々と考えるよりも、「そんな理由で同居しないなんて、ひどい配偶者だ」と言えるか否かの視点で考えた方が、よほど思考は進みます。

正当な理由があるとされるケース(ひどい配偶者とは言えない例)

同居義務違反につき、「正当な理由がある」、すなわち同居義務を果たさないにも関わらず、「ひどい配偶者だ」との評価を受けうる例ととしては、たとえば次のようなケースがあります。

  • 一方配偶者が別居することにつき、相手方配偶者が容認していた
  • 同居中にDV・モラハラが繰り返されていた
  • 別居に先立ち、夫婦間の関係が大きく悪化しており、互いの関係を見つめなおすのに冷却期間をもつ必要がある
  • 既に、他の原因で夫婦関係が破綻している
  • 別居が、両親の介護のためのものである。

正当な理由がないとされるケース

「次に正当な理由がない」とされるケースですが、これも、「「ひどい配偶者だ」との評価を受けうるか」という視点から考えるのが思考経済としては合理的です。

「正当な理由がない」、「ひどい配偶者だ」との評価を受けうるケースとしては次のようなケースがあります。

  • 夫が、他の愛人と同棲を始めた
  • 夫が、他の愛人と同棲を始めるために、妻を家から追い出した
  • 趣味や遊ぶ時間を確保するために、別居を開始した
  • 一方当事者の不合理な事実誤認・偏見によって別居が始まった

参照:事例:一方的な別居を理由に「悪意の遺棄」を認定した裁判例

参照:事例:電灯の無い部屋に2年近く別居させたことなどの事情にて悪意の遺棄を肯定した事例

 

実際の事案において検討事項となるもの

同居義務の違反を理由として裁判が行われた場合、実際には、個々のケースにおける個別的な事情が検討対象となります。

別居原因なども考慮対象

上記のとおり、「正当な理由」の有無を考えるとき、「それはひどい配偶者」だ、と言えるか否かという枠組みで考えるのが思考経済としては簡便です。

もっとも、ここで注意をしてほしいのは、「正当な理由があるかないか」、その配偶者が「ひどい配偶者だ」と言えるか否かは、別居の原因・態様にも関るという点です(「正当性の判断」≒質・量的な要素も斟酌された相対的な判断)。

たとえば、次の二つの場合では、後者の方が「正当な理由」は認められやすくなります。前者のケースでは、場合によっては、妻が長期に別居すれば、居義務違反につき悪意の遺棄が肯定されてしまうかもしれません。

  • 別居の理由が夫の「モラハラ」であったケースで、モラハラが客観的に見てごく軽微・小数回であり、かつ、夫が誠実に謝り反省の態度を示しており、モラハラが繰り返される恐れが相当程度減退している、というケース
  • モラハラが客観的に悪質かつ継続的に行われており、夫に反省の色なく、別居をやめて同居すれば、さらにモラハラが継続される可能性が高い、といえるケース

その他の義務違反も考慮対象となる

また、実際のケースで、悪意の遺棄が問題となり、同居義務違反が肯定される場合、往々にして、各種の義務違反が、同時多発的に発生します。同時義務違反と同時に発生しうる義務違反としては、たとえば次のようなものとなります。

  • 協力義務違反
  • 貞操義務違反
  • 扶助義務違反
  • 婚姻費用分担義務違反

裁判で悪意の遺棄が問題となった場合、これらの義務違反を行った配偶者が、「ひどい配偶者だ」といえるか否かは、各種の義務違反の有無・類型・態様・程度及びその原因などの諸般の事情を考慮の上で判断していくこととなります。

そのため、実際の裁判では、たとえば、子供がいるケース、いないケースとでは、それ以外の事情が類似していたとしても、「悪意の遺棄」がなされるか否かの判断は分かれえますし、「婚姻費用の分担がなされていたか否か」によっても、悪意の遺棄との評価にあたるか否かについては判断が分かれえます。

個別の判断が必要となる。

上記のように、別居が「悪意の遺棄」に該当するかは、別居原因なども加味した判断となります。

また、実際の事案では、同居義務違反の有無のほか、他の義務違反の有無も同時に審理されます。他の義務違反の有無・程度によっては、これを正当化しようとするのに必要な「事情の強度」も変わりえます。

そのため、ある事案で悪意の遺棄が認定されるか否かは、結局は、ケースバイケースでの個別の検討を要する事柄となります。

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