自宅からの追い出しと悪意の遺棄

夫婦の別居に際しては、夫婦の一方が自分の意思で自宅から出ていく、というケースのほか、夫婦の一方が他方から自宅を追い出される、というケースがあります。

今回は、このうち、「自宅からの追い出し」と悪意の遺棄について説明します。

自宅からの「追い出し」は悪意の遺棄を構成しうる。

悪意の遺棄というのは、法定離婚原因の一つです。

悪意の遺棄が認められた場合、夫婦の一方の配偶者は、悪意の遺棄を行ったもう一方の配偶者に対して、離婚を請求したり、慰謝料を請求したりすることができます。

この「悪意の遺棄」ですが、これが認められるためには、夫婦の一方が「正当な理由なく、夫婦間の同居・協力・扶助などの義務を果たしていない」と言えることが必要です。

参照:悪意の遺棄とは

参照:法定離婚原因とは

そして、「自宅からの追い出し」について見ると、これは、夫婦の一方に別居を強いる行為であり、同居義務を果たそうとしていない、との評価を受ける行為です。

そのため、正当な理由のない追い出し行為によって別居が開始し、その状態が一定期間継続した場合、悪意の遺棄が成立しえます。

裁判における「追い出し」の認定と評価

上記に、『正当な理由のない追い出し行為により別居が開始し、その状態が一定期間継続した場合、「悪意の遺棄」が成立しえる』と書きました。

ただ、実際に、夫婦の一方が、「追い出し」行為が悪意の遺棄に該当する、と裁判で主張する場合、他の類型にはない争点が生じえます。

「追い出し」か「家出か」という争点が生じうる

裁判で「追い出し」が主張される場合にしばしば生じる争点は、別居開始時の事情をめぐる争点です。

たとえば、裁判で、妻が、夫との離婚を求めて、「夫の追い出し行為」により、別居が開始したと主張したとします。

これに対して、夫がこれを認めるのであればよいのですが、裁判では、往々にして、夫側から、「追い出しなどしていない、妻は自分の意思で家を出ていった、身勝手に家出をしたにすぎない」などの主張がなされえます。

つまり、実際の裁判では、「追い出し」か「家出か」という別居開始時の事情をめぐる争点が生じうるのです。なお、上記では、夫が妻を追い出した、という例にて説明をしましたが、この問題は「妻が夫を追い出した」というケースでも生じえます。

証拠に基づいて判断される

別居開始の態様が、「一方当事者による追い出し」なのか「単なる家出」なのかは、同居義務を果たしていないのは夫なのか妻なのか、という判断に影響する重要な問題です。

参照:家出や里帰りと「悪意の遺棄」について

この点が争点となる場合には、別居開始時の状況につき、客観的な証拠としてどのようなものがあるか(「追い出し」を証明する、あるいは推認させるようなメールやラインその他の証拠があるか)などが裁判所の判断を分けることとなります。

当事者の言い分に争いがあり、かつ、そこに客観的な証拠がない場合、「追い出し」が行われた、との裁判所の認定を得るのは非常に難しいため、裁判で「追い出し」があった、と主張する場合には、これを証する証拠の有無を精査することが重要となります。

「追い出し」行為と「正当な理由」

また、証拠によって、「追い出しによって別居が開始された」との認定を得られる場合においても、裁判では、さらに、そこに「正当な理由があるか」が、争点となりえます。

悪意の遺棄が成立する、と言えるためには、「正当な理由な理由なく」同居義務などに違反している、といえる必要があるためです。

もっとも、夫婦の一方が他方を自宅から「追い出した」というケースにおいては、容易には「正当な理由」は認められません。

たとえば、夫が力ずくで妻を自宅から追い出した、あるいは精神的なプレッシャー・言動で、妻を家から追い出した、という場合、よほどの事情が無い限り、「正当な理由」は認められないでしょう。

また、自宅のカギを妻から取り上げて、家に帰ってこれないようにした、というケースでも同様です。

「追い出し」は、「自分から自分の意思で家出をした」というのではなく、相手方の意思に反して、寝食の場・居住の場を取り上げる行為ですから、通常は、「家出による別居」よりも、「正当な理由」は認められにくい類型と言えます。

補足:東京地判平成28年2月23日判決について

追い出し行為をめぐる裁判例として、東京地判平成28年2月23日判決があります。

この裁判例の事案は、妻が、「自宅玄関のドアチェーンを掛け、原告を自宅に入れないようにした」、「これを機に、夫と妻とが別居するに至った」という事案です。

上記にて、「追い出し」については、容易には「正当な理由」は認めらない旨説明しましたが、この事案では、裁判所は、妻の行為につき「やむを得ないもの」との評価を与え、「追い出し行為」につき、否定的な判断を示していません。

もっとも、このケースでは、別途、次のような事情が認定されており、「追い出し行為」につき、「よほどの理由ある」とされた非典型的なケースとの評価が値するように思われます。

  • 夫が、妻に対して、「自己中心的かつ支配的な態度で接していたこと」
  • 妻が、罹患した病気(乳がんなど)による心労と相まって、精神的に追い詰められていたこと
  • 妻の言葉にかっとなった夫が、「そんなに俺が憎いんなら出て行く!」と大声で一喝したこと
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