悪意の遺棄は、夫婦間の離婚原因・慰謝料発生原因の一つと理解されているところ、夫婦間において「悪意の遺棄」が成立するか否かは、個別具体的な事情によって判断していくこととなります。
悪意の遺棄における「義務違反」について
悪意の「遺棄」におけり「遺棄」とは、正当な理由のなく、夫婦間の同居・協力・扶助義務(及び婚姻費用分担義務)に反することと理解されています。
参照:悪意の遺棄とは
ここにいう夫婦間の各種の義務違反は、同時併発的に発生しえます。単純に、「同居義務違反」のみが認められるケースもあれば「同居義務+婚姻費用分担義務」双方の違反が認められるケースもあります。
一般論・抽象論としては、同居義務違反に加え、婚姻費用分担義務があるケースの方が、同居義務違反のみが認定される場合よりも、「婚姻関係の破綻」をより強く招来し易いといえ、「悪意の遺棄」が認定されやすいものと考えられます。
また、「同居義務違反・婚姻費用分担義務違反」が認められるケースの中でも、当該婚姻費用分担義務違反により、相手方配偶者が経済的に困窮すると言えるケースと、そうでないケースとでは、抽象論的には、悪意の遺棄は、前者の方が成立しやすく、後者の方が成立しにくいものと考えられます。
共働き夫婦の事例
「同居義務違反+婚姻費用分担義務違反」が認められるケースにおいても、夫婦共働き型の夫婦の場合、夫婦の一方が「専業主婦型」である場合に比して「相手方配偶者が経済的に困窮すると言えない」ケースが多くなります。
もっとも、このようなケースでも、悪意の遺棄が成立するケースは存在します。ただ、こうしたケースでは、夫婦の一方、「生活費を受け取れないために生活が困窮している」というケースと比較すると、同居義務違反の程度が強い、あるいは悪質といえるような事情があるか、という点によりウェイトのおかれた審理がなされることとなります。
東京地方裁判所平成28年3月31日判決の紹介
ここで、東京地方裁判所平成28年3月31日判決を紹介します。この判例は、「夫婦双方が共働きであった」というケースで、悪意の遺棄を認定した裁判例です。
【東京地方裁判所平成28年3月31日判決】 原告=妻 被告=夫
共働き夫婦における悪意の遺棄該当性の評価の対象とウェイト
この裁判例は、「原告と被告が共に就業しており、別居によって原告が直ちに経済的に困窮したとの事情が窺われないことを考慮しても」なお、悪意の遺棄が成立すると判断しています。
共働き型夫婦間において、「生活困窮」という事情が無いケースでも「悪意の遺棄」との評価が与えられうることを示している点で参考となる裁判例です。
この裁判例は、「悪意の遺棄」を肯定した理由として、①別居が「夫の異性との交際」目的であり、②妻が関係修復の態度を示していたにも関わらず、「夫が一方的に別居」を開始したことを認定しています。
上記裁判例が、上記のような理由を示したことに照らしてみると、この事例では、悪意の遺棄該当性判断における評価の対象として、「同居義務違反の程度が強く、悪質といえる」か否かという点が、重要なウェイトを占めたものと理解することが可能です。
なお、夫による別居につき、「一方的な別居」との評価が与えられた事例の判決としては、他に東京地方裁判所平成29年9月29日判決があります。
この判決については、次の記事で紹介していますので、併せて参考にしていたけますと幸いです。
参照:事例:一方的な別居を理由に「悪意の遺棄」を認定した裁判例
専業主婦型の事例
上記共働型のケースと比して、妻が専業主婦型のケースでは、「悪意の遺棄」の成否を判断するうえで、「生活費の分担がなされていないこと」につき、重要なウェイトが置かれることが少なくありません。
特に、妻側が、「経済的な困窮」に見舞われるケースでは、「悪意の遺棄」との評価を受ける蓋然性が高まります。妻側が乳幼児を監護・養育している場合にはなおさらです。
東京地方裁判所立川支部令和 4年10月20日判決の紹介
ここで、専業主婦型の家庭において「悪意の遺棄」が認定された事案に関する裁判例を紹介をします。なお、この裁判例は、夫たる原告が、「有責配偶者」に該当するか否か、という形で、「悪意の遺棄」該当性が問題となったものです。
【東京地方裁判所立川支部令和 4年10月20日判決】 原告=夫 被告=妻
なお、この事案で、原告(夫)は、婚姻費用については、「婚姻費用分担請求調停が成立してからは、未払分も含めて婚姻費用を支払った」などと主張しているものの、裁判例は次のようにこれを排しています。
専業主婦型/婚姻費用分担義務の不履行は重要な影響を与える
専業主婦型の場合には、「収入のない相手配偶者に婚姻費用を支払っていない」ことは、「悪意の遺棄」の認定に際して、最も重要な考慮要素の一つになりえます。特に収入の無い側が、幼い子を養育している場合はなおさらです。
上記の通り、東京地方裁判所立川支部令和 4年10月20日判決は、「被告が専業主婦であり、子らの年齢に照らすと、請求がされるまで婚姻費用を支払わなかったことは許されるものではない。」との強い言葉で、原告(夫)の主張を排しています。
この判示に照らしてみれば、、少なくとも、専業主婦型の事例においては、婚姻費用の分担義務の不履行は、裁判所の評価・判断に大きな影響を与えるものといえます。