婚姻費用や養育費を算定する際、その目安が分かるものとして、裁判所が公表している算定表があります。
この算定表は、裁判所の標準算定方式という婚姻費用・養育費の算定方法によって得られる結果を「表」の形にしたものです。
今回は、この算定表あるいは標準算定方式に利用される「年収」(総収入)につき、いつの時点・期間の金額を用いるか、という点について解説をします。
原則 直近年度の年収を用いる
標準算定方式あるいは算定表にて用られる年収は、原則として「直近」の年収(総収入)です。
給与所得者の場合
給与所得者の場合は、現在発行されている直近年度の源泉徴収票や、取得可能な所得証明書(課税証明書)のうち、最新年度分の年収を用います。
なお、源泉徴収票や所得証明書で確認すべき欄は次のとおりです。
源泉徴収票⇛「支払金額」の欄記載の金額
所得証明書(課税証明書)⇛所得の種類・金額欄記載の給与収入の金額
自営業者の場合
自営業者についても、直近の年収が基礎となります。
そのため、直近年度の確定申告書を用いて、年収を認定するのが原則となります。つまり、直近の確定申告書記載の金額を利用することとなります。
※自営業者の年収=確定申告書記載の「所得金額」-「社会保険料控除額」+「青色申告特別控除額」+「(現実に支払がされていない)専従者給与額の合計額」
参照:婚姻費用・養育費の基礎となる総収入とは?算定表における「年収」について
例外 直近年収だけでは不合理な場合
「直近年収」の金額が婚姻費用や養育費算定に用いられるのは、「直近年収」が夫又は妻の現状の収入状況を示す数値あるいは将来得られるであろう見込み収入の金額に近似していることが多い、という経験則からです。
ところが、直近年収だけで婚姻費用や養育費を算定すると、不合理な結論となる場合があります。
典型例としては、次の二つがあります。
- 収入の変動幅が大きい場合
- 直近年度に休職・退職などの事情がある場合
収入の変動幅が大きい場合
直近年収だけで婚姻費用や養育費を算定すると、不合理な結論となる場合となりうる典型例の一つが収入の変動幅が大きい場合です。
当事者の収入に年度ごとの変動幅が大きい場合、直近の収入だけでは、将来の見込み収入を予測する基礎とすることができません。
3年前の年収950万円、2年前の年収は1025万円、直近年度の年収が725万円というような状況のとき、直近年度の年収だけで婚姻費用や養育費を算定すると、不合理な結論となってしまう可能性があるのです。
そこで、こうした場合には、直近年度以外の年収以外の事情をもとに、夫又は妻の年収が認定され得ます。
その際に用いられる認定方法としては、たとえば、直近年度以外の年度の収入の平均値を用いるなどの方法があります。上記の例でいえば、3年間の平均年収である900万円を年収として認定する、という方法です。
直近年度に休職・退職などの事情がある場合
直近年収だけで婚姻費用や養育費を算定すると、不合理な結論となる場合となりうる例としては、さらに「休職」や「退職」などにより、直近年度が大幅に減少している、というケースを挙げることができます。
こうしたケースでは、当該当事者が得られるであろう所得につき、前年度収入だけで判断をしても、合理的な結論は得られません。
そこで、こうした場合、直近年度以外の年収以外の事情をもとに、夫又は妻の年収が認定されます。
その方法としては、たとえば、休職・退職が無かった時期の年収を基礎とする方法や、厚生労働省が公表している年齢・男女別の賃金の統計値(賃金センサス)などを基礎とする方法が考えられます。
直近年収より増収見込・減収見込みであるとの主張について
最初にのべたとおり、標準算定方式あるいは算定表にて用いる年収は、原則として「直近」の年収です。
この直近年収につき、家庭裁判所の手続では、「将来的には所得が下がる見込みである」あるいは「将来的には所得が増えるはずだ」などの主張がなされることがあります。
直近年収が養育費や婚費算定の基礎とされるのは、直近年収が将来得られるであろう見込み収入の金額に近いはずだ、という経験則によります。
そして、経験則に基づくものであるとすれば、証拠をもって、実際の所得の増額見込み、所得の減額見込みを示せるのであれば、直近年収からの所得の増額、あるいは減額の主張が家庭裁判所で受け入れられる余地はあるともいえそうです。
しかし、将来の所得の増額・減額は、あくまで予想に過ぎません。
また、将来の所得の増減が審理対象となるとすれば、婚姻費用・養育費を簡易・迅速に算定する、という標準算定方式の趣旨が実現できない可能性がでてきます。
そのため、実情として、「将来、所得が下がる見込みである」あるいは「将来所得が増えるはずだ」といった類の主張に対して、裁判所が概して消極です。
裁判所がこうした主張を受け入れるケースは、その増収・減収が確定的かつ一過性でないことが明らかと言えるような例外的なケースにとどまるものと考えられます。