民法770条は、「配偶者が強度の精神病にかかり、回復の見込みがないとき」を法定離婚原因の一つとしています。
この離婚事由を「回復の見込みのない強度の精神病」と表現します。
これが認められると、裁判官は判決によって離婚を成立させることが可能となります。
回復の見込みのない強度の精神病とは
回復の見込みのない強度の精神病とは、夫婦の正常な共同生活の継続を期待できないほどの精神疾患であって、法的評価において、不治といえるものを指します。
3つの要素がある。
「回復の見込みのない強度の精神病」は3つの要素からなります。➀精神疾患であること、➁共同生活が営めない程度に症状が重たいこと、③回復の見込みがない(不治と評価できること)です。
精神疾患であること
一つ目の要素は、精神疾患であることです。
裁判例で現れた精神疾患としては、たとえば次のようなものがあります。
- 統合失調症
- 躁うつ病
- 失外套症候群
- 脳組織の障害のための認知症
- アルツハイマー型の認知症
なお、アルツハイマー型の認知症については、見解が分かれるところですが、精神疾患の一つであるとの要素は満たすものの、そのほかの要素を満たすと言えるかが慎重に吟味されているように思われます。
共同生活が営めない程度に症状が重たいこと
これは、症状の程度に関する要素です。
たとえば、統合失調症であっても、症状が軽い、薬で十分に症状を抑えられている、という状況であれば、この要素は満たしません。
他方で、相手方配偶者とコミュニケーションが全く取れないといったレベルにまで達していることは要さない、と理解されています。
回復の見込みがないこと
回復の見込みがないことは、文字通り解せば、「不治」であること、ということになります。不治といえるかは、現在の医学水準において治癒することが期待できない、と考えられるかどうかが一つのメルクマールとなります。
たとえば、一般に、アルコール依存症などは、「不治」との要件を満たさないものと評価され、離婚請求は排斥されるものと理解されます。
また、「不治」の概念も幅があります。
昔は不治の病とされていたものが、現在の医学水準では治癒する、という傷病もあります。将来の医学の発展まで、視野に入れれば「不治」ではないかもしれない、という傷病もあります。同じ傷病に対しても、医師によっても見解が違うかもしれません。
ここでは、臨床的な医師の医学的判断がそのまま裁判官の「認定」となるのではなく(もちろんそのウェイトは重たいが)、裁判官が、現在の医学水準の程度や期待可能性に評価を与え、「回復の見込みがない」か否か、を判断していくことになります。
立証の方法
上記3つの要素を基礎づける事実は、離婚を請求する側が立証していくことになります。
立証の骨となるのは、精神障害にかかる診断書・障碍者手帳認定の基礎となった資料、入院中のカルテ、医師の意見書などです。
併せて、当時者本人らのコミュニケーションの状況(陳述書・尋問など)で、立証を行っていくことになります。
具体的方途論
上記のように、「回復の見込みのない強度の精神病」は、法定離婚原因の一つですが、実は、この要件に基づいて離婚をしようとする場合、もう一つ越えなければならないハードルがあります。そのハードルを課す理論が「具体的方途論」です。
具体的方途論とは
民法770条2項は、「裁判所は、前項第1号から第4号までに掲げる事由がある場合であっても、一切の事情を考慮して婚姻の継続を相当と認めるときは、離婚の請求を棄却することができる。」と定めています。
そして、最高裁判所(昭和33年7月5日判決)は、この民法770条2項に関連して次のように述べています。
民法は単に夫婦の一方が不治の精神病にかかった一事をもって直ちに離婚の訴訟を理由ありとするものと解すべきではなく、たとえかかる場合においても、諸般の事情を考慮し、病者の今後の療養、生活等についてできるかぎりの具体的方途を講じ、ある程度において、前途に、その方途の見込のついた上でなければ、ただちに婚姻関係を廃絶することは不相当と認めて、離婚の請求は許さない法意である」
この最高裁の判断が出された結果、不治の精神病を理由に離婚をするには、離婚に先立って具体的方途を講じ、前途に目途をつける必要がでてきます。これが具体的方途論です。
斟酌事情
この最高裁が出された後、不治の精神病を理由に離婚が成立するか否かを判断するに際しては、①公費による入院加療の可否、➁財産分与の規模・実現の見通し、➂親族による引き受けの可否、➃離婚後の扶養の意思・程度などが斟酌されることとなりました。
「もう離婚をしたら、赤の他人だ、知ったことではない」、という状況の下だと、不治の精神病を理由とする裁判離婚を乗り越えることはできないこととなります。
他方で、最高裁においても、たとえば次のような事情のあった事案で、離婚を認容した原審が維持されています(昭和45年11月24日判決)。
- 離婚を請求した原告が離婚後も可能難易で医療費を負担する旨を表明している
- 離婚を請求した原告には金銭的余裕はない一方で、他方配偶者の実家に一定の資力がある
- 過去の医療費について、原告・被告間で示談が成立している
病者の生活の目途につき、病者側の実家の資力などもケースによっては考慮要素となり得ることなどの点で参考になるケースです。