婚姻費用の支払拒絶の可否:預貯金を権利者が持ち出して管理している場合

今回は、夫婦の婚姻費用に関し、権利者が多額の預貯金を持ち出して管理しているという状況の下で、義務者が、その預貯金がある以上、婚姻費用は支払わないと主張できるかについて解説します。

想定ケース

たとえば、夫が世帯収入の大部分を稼いでおり(収入200万円)、夫が妻する婚姻費用分担義務者(収入100万円)であるというケースを想定します。

この夫婦には、長年築いてきた1000万円の預貯金があったものの、日常から妻がそのすべてを管理しており、別居に際して、妻がすべてを持って行ってしまいました。

こうしたケースにおいて、夫は、妻は、貯金の中から生活をすべきであり、婚姻費用を支払う義務はない、と主張して支払いを免れることはできるでしょうか。

 

別居時の預貯金を権利者が管理していることは、原則として考慮の対象とならない。

結論を言うと、原則として、免れることはできません。

別居時の預貯金を権利者が管理していることは、以下述べる理由により、婚姻費用分担の審理に際して、原則として考慮の対象とならないからです。

財産分与における清算対象となる

夫婦が共同で形成してきた別居開始時の預貯金は原則として財産分与の対象となります。

上記ケースのように、夫が世帯収入の大部分を稼いでいたという事案でも、妻が家事・育児などを行い、夫婦の共同生活に貢献していた限り、結論は変わりません。

したがって、別居時に妻が管理している預貯金の清算は、財産分与に際して審理されるべき事柄との評価を受け得ます。

妻が、預貯金をすべて持って行ってしまったとしても、公平のためにその清算をはかるのは、財産分与の手続によるべき、との判断が働きます。

審理が長期化しかねない

また、一般に、別居時の預貯金の有無や持出の有無や預貯金の使途を婚姻費用の審査対象としてしまうと、審理が長期化するおそれも生じます。

そのため、婚姻費用の審理に際し、預貯金の有無・所在は原則として審査の対象としない、との判断が働きます。

参考裁判例 平成15年12月26日東京高裁決定

上記層立場の裁判例として、平成15年12月26日東京高決があります。この決定は以下の通り判断しました。

【平成15年12月26日東京高裁決定】
夫婦の「共同の財産とみるべき預金があり、これを相手方が管理しているとしても、その分与等の処置は、財産分与の協議又は審判若しくは離婚訴訟に付随する裁判において決められること」であり、これをまず婚姻費用に充てなければならない根拠はない。

 

例外的に考慮される場合もある。

上記のような理由から、別居時の預貯金を権利者が管理していることは、婚姻費用分担の審理に際して、原則として考慮の対象とならないと考えられます。これは、妻が持ち出しをした場合も同様です。

考慮することにも一定の合理性あり

ただ、次のような要素を考慮すると、妻が管理している預貯金を婚姻費用の充当にあてよという言い分に何ら合理性がないかというと、そうでもないように思われます。

  • 財産分与の場面を考えても、夫婦の預貯金は基本的には2分の1は、夫にも帰属している。
  • 財産分与時に財産が残存しているか分からない(実質的に財産分与ができない場合もありえる)。
  • 別居時の預貯金を「婚姻費用」の支払いに充当した、との事実も、「財産分与」に際して考慮要素とすることができる。
  • 一般に、夫婦の預貯金は、有事の際にこれを賄う目的も含めて形成される財産である。

上記のような事情を勘案すると、婚姻費用分担の審理に際して、預貯金を妻が持ち出して管理していることを考慮することは、必ずしも、おかしなことではないように思われるのです。

預貯金の管理状況・持ち出しに争いがない場合や明確な場合は考慮されうる

残る具体的な問題は、婚姻費用の審理の際に預貯金の持ち出しの有無などが審理対象となると審査が複雑化し長引きやすくなり、婚姻費用の分担の審査になじまない、というところにあるのではないかと思います。

そうだとすれば、妻が預貯金を持ち出して管理していること、その金額に争いが無いといった場合は証拠上一見明らかといえるケースでは、これを考慮して、分担義務の可否を判断することも可能と思われます。

冒頭のケースにおいては、妻が1000万円を持ち出したことを認めているような場合、夫は当面、婚姻費用の支払いを拒絶できる、との判断がなされてもおかしくありません。

参考裁判例 平成16年5月31日札幌高裁決定

参考となる裁判例は、平成16年5月31日札幌高決です。この決定は、次の二つの事情をもとに以下のように判断しています。

  • 妻(年収約250万円 2子監護中)が共有財産である約550万円の預金を管理していること、いつでもこれを払い戻すことができる状態にある
  • 夫において、妻が相手方が上記預金から払戻しを受けて生活費に充てることを容認している
【平成16年5月31日決定】
相手方が共有財産である預金を持ち出し、これを払い戻して生活費に充てることができる状態にあり、抗告人もこれを容認しているにもかかわらず、さらに抗告人に婚姻費用の分担を命じることは、抗告人に酷な結果を招くものといわざるを得ず…抗告人には婚姻費用分担義務はないというべきである。
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