夫婦が別居している場合、概して、その収入の多い配偶者が収入の少ない配偶者に対して、生活費を負担する義務を負います。
婚姻費用の分担義務です。この分担の額をめぐって、「家賃」の支払い分をどう考慮するか、が問題となることがあります。
以下、次の2点を解説します。
- 権利者の家賃を義務者が支払っている場合に通常算定される婚姻費用から、家賃分を控除できるか。
- 通常算定される婚姻費用の金額に加えて、義務者が権利者の「家賃」部分の費用を負担すべき場合があるか。
なお、この頁では便宜のため、妻(義務者)が借家に住んでいる、というケースで、夫(権利者)がその婚姻費用を負担する、というケースを念頭におきます。
権利者の家賃を義務者が支払っている場合に、通常算定される婚姻費用から家賃分を控除できるか。
まず、一つ目の論点についてです。ここでは、夫が婚姻費用を支払うべき義務者であるところ、夫が妻の居住している家賃を継続的に支払っている、というケースを想定します。
こうしたケースは、概して夫名義の借家から夫が出て行って別居を開始した、という場合に生じ得ます。
そして、この場合、婚姻費用の算定に際して夫が支払っている家賃分を控除して婚姻費用を計算できるか、夫が支払うべき婚姻費用の額から家賃分を差し引けるか、が問題となります。
婚姻費用には住居関係費が含まれている
通常、裁判が採用している標準算定方式においては、「住居関係費」が婚姻費用の計算の前提に含まれています。
算定表記載の金額は、権利者、ここでは妻が生活する住居費用に相当する費用を織り込んで計算されているのです。
そうすると、算定表記載の婚姻費用に加え、家賃も継続的に夫が負担したままだとすると、妻には、婚姻費用の算定にて斟酌された住居費と、夫が当該婚姻費用と別に支払う家賃とで、二重の利益が観念されてしまいます。
この二重の利益を回避するため、夫(義務者)が妻(権利者)の家賃を負担しているといった場合、基本的には、夫が支払っている家賃分は婚姻費用額から控除されるというのが一般的な結論です。
控除される家賃の範囲
では、夫が支払っている家賃は、通常算定される婚姻費用の金額から、どの程度控除されるのでしょうか。
この点、妻の生活が成り立たなくなるような場合は格別、そうでなければ全額控除しうる、というのが大勢の見解となっています。
主たる理由は、夫による家賃の支払は、別居中の妻の生活費の負担そのものであること、妻がより低廉な家賃の住居を選択し、転居することも可能であるというところにあります。
この見解に従えば、たとえば、標準的な婚姻費用の分担額が10万円で、夫が、妻居住の借家につき、月々6万円の家賃を支払っているとすれば、夫が負担すべき婚姻費用の金額は、家賃の他には、4万円となります。
また、夫が10万円を超える家賃を支払っている場合、それを超える金額の婚姻費用分担請求は、請求自体が否定されうるところです。
※ただし、上記の結論は「妻が転居可能」という点を理由の一つとしますので、妻に転居を求めることが事実上不可能な場合や極めて不合理といった場合は、別の判断がなされる可能性もあります。
通常算定される婚姻費用の金額に加えて、義務者が権利者の「家賃」部分の費用を負担すべき場合があるか。
上記は、夫が家賃を家主に払っていたケースについてでした。
次に、妻が自分で家主に家賃を払っているケースについて、夫が、通常算定される婚姻費用の金額に加えて、妻に「家賃」部分の負担をすべき場合があるかとの論点を見ていきます。
ここでも、便宜のため夫が婚姻費用支払いの義務者であり、妻が権利者というケースを念頭に解説します。
原則として通常の婚姻費用を超えて負担する義務はない
家庭裁判所は、婚姻費用の算定をする際に用いる一定の基準を有しています。
この基準を基礎にした表が、婚姻費用算定表です。裁判所は、この算定基準を用いて「月々10万円払いなさい」など、支払額を判断しているのです。
この支払基準を作成する際、住居費はすでに考慮されています。
裁判所が当事者に示すのは、支払金額のみですが、この計算の過程で、すでに標準的な金額とされる「住居関係費」が斟酌されているのです。
したがって、通常は、上記算定基準で計算された婚姻費用の範囲を超えて、別途「家賃」の費用負担を求められることは無い、というのが原則となります。
例外的に別途の家賃負担が必要となるケース
では、別途の家賃負担を認められるケースはないのでしょうか。
夫の有責性が高いケース
実は、上記算定基準が前提とする住居費は、家賃相当額を十分賄えるほどの金額ではない場合があります。
実際の家賃と比較すると、相当程度低廉となる場合があるのです。
そのため、公平の観点から、夫にその家賃を負担させるべき、との価値判断から、家庭裁判所が、例外的に、別途の家賃負担を裁判所が命ずるケースがあります。
たとえば、有責性の強い夫が、同居を望む妻と子を家から追い出した、といったケースです。
参考裁判例 平成31年1月11日東京家庭裁判所審判
平成31年1月11日、東京家庭裁判所は、次のような事情を挙げて、夫に対し、妻の住居費につき,標準算定方式で考慮されている額を超える部分につき収入比で按分して分担すべき義務があると判断しました。
申立人が現在の賃貸住宅を借りたのは,主として,平成29年7月に相手方の不貞関係が発覚し,その後,代理人弁護士を通じて相手方に不貞関係の解消や不貞相手を会社から退職させるよう求めていたが,事態が進展せず,そのうち,相手方が,同居宅を出た上,申立人に対し,同居宅から出るよう繰り返し求めたためであると認められるのであり,基本的には,相手方の一連の行為によってやむを得ずに転居したものであると認められる。
近隣の住居を借りたのも,夫婦の問題には関係のない,子らの生活環境の変化を最小限にしようとするものであって合理性があり,その広さや賃料額も,従前の生活や親子3人の一般的な生活水準に比して不相当に広く,高額であるということもできない。
この裁判例は、夫婦の別居に関し、夫に相当程度の有責性があり、妻がやむなく別居せざるを得なかったというケースですので、一般化することは難しいところです。
ただ、事情によっては、一方配偶者が、通常算定される婚姻費用の金額に加えて、妻の家賃の一部または全部を負担しなければならない場合があることを示す例として参考になります。
なお、念のため。上記審判例は、夫に家賃の全額を負担させる、としたものではありません。算定基準が前提とする住居関係費と妻の現実の家賃との差額分に関し、夫と妻の収入を按分比例させて負担の額を定めたものです。