入門ビジネス実務法務連載、今回のテーマは不動産取引の対抗要件です。
不動産取引の対抗要件に関するルールは、不動産取引に関するもっとも基本的かつ重要なルールですので、不動産取引を主力とする企業であれ、そうでない企業であれ、基本的な知識は押さえておく必要があります。
不動産売買契約の基本的な効果
まず、不動産売買契約の基本的な効果を確認しておきます。Aを買主、Bを売主とする例で見ていきましょう。
①A及びBが不動産売買契約を締結した場合、民法の原則に従えば、その契約時に、BからAに不動産の所有権が移転します。移転時期に関し、契約書に特約を定めた場合、その特約で定めた時期に所有権が移転します。
②また、不動産売買契約の効果として、さらに、買主Aは、売主Bに対して、不動産を引き渡せ、あるいはAに不動産の登記名義を移転せよ、と請求することが可能です。
③一方、売主Bは、同契約の効果として、買主Aに対して、売買代金を支払えと請求することができます。
売買契約の基本的な効果として、当事者たるAB間に上記の様な権利義務関係が発生します。こうした当事者間の関係は、一般の売買で当然想定される関係ですので、イメージするのがそれほど難しくないと思います。
第三者が登場した場合
では、ここに、新たに「第三者」を登場させましょう。
Aを買主、Bを売主とする売買が成立し、Aが売買代金を支払ったものの、不動産の登記名義の移転前に、BがCとの間でも売買契約書を作成して売買契約を成立させた(二重譲渡)、しかも、BがCに登記名義を移転してしまったという事例を想定します。
この場合、AはCに対して、不動産を引き渡せ、Aに登記を移転せよ、と主張できるでしょうか。
第三者との間の対抗関係
この点に関し、民法177条は次のように定めています。不動産取引に関する最重要規定の一つです。
不動産に関する物権の得喪及び変更は、不動産登記法その他の登記に関する法律の定めるところに従いその登記をしなければ、第三者に対抗することができない。
民法177条の適用
難しい規定ぶりですが、今回のテーマに関係ない所を省略して読んでみると分かりやすいです。
ここでは、①「不動産に関する物件の得喪」は、②「登記をしなければ」、③「第三者に対抗することができない」と読んでみます。この①~③を上記AとB及びBとCの二重譲渡に当てはめて、読んでみましょう。
<① 「不動産の得喪」のあてはめ>
上記の内、①「不動産に関する物件の得喪」というのは、ここでは、「Aの所有権の取得」のことを指します。
<② 「登記をしなければ」のあてはめ>
また、「登記をしなければ」というのは、上記例では、「AがBから不動産の移転登記を受けなければ」という意味です。
<③ 「第三者に対抗することができない」のあてはめ>
最後に、「第三者に対抗できない」というのは、Aが「所有権の取得を第三者たるCに法律上、主張できない」(裁判をしても、引き渡せとか登記を移転せよと言えない)という意味です。
以上、①~③のあてはめの重要部分をつなげて読むと、Aは、「①Aの所有権の取得を、②Bから不動産の移転登記を受けなければ、③所有権の取得を第三者たるCに法律上、主張できない」となります。
民法177条が適用される結果、上記例では、Aは、移転登記を備えることなくして、Cに所有権の取得を主張できないわけです。
Aが先に売買契約を成立させ、代金まで払っているにもかかわらず、後から登場したCが、登記を備えた結果として、確定的に不動産の所有権を取得するということになります。
卑近にいえば、登記争奪競争に負けたAはCに勝てないということです(Bから登記を得た方が勝つ)。
今見てきたところからも分かるように、上記民法177条は、不動産取引に関し、登記備えた方が優先するという極めて重要な競争ルールを定めた規定です。
不動産取引をする場合、リスク管理の観点からは、第三者の登場に備えて、売主から確実に移転登記を得ておく必要があります。
登記をメルクマールとすることの合理性とAの救済
上記の様な結果は、先に売買契約を成立させたAに酷な結果のようにも思います。
しかし、日本の不動産法制は、登記を公示方法と定めています。だれが所有者かを登記を通じて明らかにしておく(公示しておく)ことで、取引の安全を図るのが目的です。
この法の目的に照らすと、上記の様な二重譲渡事案において、登記具備をメルクマールにするのも、理解できないわけではありません。
取引の安全を図るために登記制度があるんだから、所有権の勝ち負けも、これを基準に判断しましょうよとの観点ですね。
なお、売買契約を成立させて代金まで支払ってしまったAの救済は、Bに対する債務不履行責任(契約の解除・原状回復・損害賠償)の追及等でフォローすることになります。
Bは、所有権の名義を移転する、不動産をAに引き渡すという義務が履行できない為、Aから損害賠償請求等を受けることになります。
対抗要件・対抗関係
上記の例では、Aが移転登記を備えることが第三者に所有権の取得を主張する条件となっています。こうした条件のことを「対抗要件」と呼びます。
また、対抗要件なくして、法律上の主張ができない関係(上記A及びC間の関係)を「対抗関係」と呼びます。
A及びCは、移転登記という「対抗要件」を具備しない限り、所有権の移転を法律上主張できないという「対抗関係」に立つわけです。
では、最後に、BがAとCに不動産を二重に譲渡してしまったという事例で、AもCもBから移転登記を得ていなかった場合(登記がBのまま)、所有権争いはどうなるでしょうか。
これは、上記民法177条を形式的に当てはめれば答えは出ます。
AもCも、Bからの移転登記という「対抗要件」を具備していないので、AC間では、互いに所有権の取得を主張できない、というのが結論です
AはCに勝てないが、CもAに勝てない。
この局面では、AもCも、所有権を主張するために、登記具備を最優先することになります。