入門ビジネス実務法務連載、今回のテーマは契約による不動産や動産(商品等)所有権の移転時期についてです。
所有権の移転時期に関する民法上の原則やこれを修正する契約書上の定めなどについて、解説します。
不動産の所有権の移転時期
いきなりですが、不動産売買取引において、不動産の所有権はいつ移転するのでしょうか。
① 不動産売買契約をしたとき
② 不動産売買代金を買主が支払ったとき
③ 買主が不動産の引き渡しを現に受けたとき
④ 不動産の登記名義人を買主に移転したとき
民法上の原則
上記の点に関し、①不動産売買契約を締結したとき、とするのは一般的な取引感覚からは大きく外れていると思います。
売買契約書を作成したけど、売買代金は支払われていない、こうした段階ですでに買主に不動産の所有権が移転しており、売主が所有権をすでに喪失している、というのは常識にも反しているように思えます。
しかし、この点について民法は、「物権の設定及び移転は、当事者の意思表示のみによって、その効力を生ずる。」(民法176条)と定めています。
そして、この規定の一般的な解釈によれば、不動産の所有権は、上記①不動産売買契約が成立したときに移転することが原則であると理解されています。
一般取引観念からほど遠いですが、これは、民法の一般的解釈です。学説上、議論がないわけではありませんが、判例・通説はこの立場です。
不動産の移転時期に関する契約書上の定め
上記のとおり民法の解釈は、少なくとも不動産取引観念にはそぐいません。
そこで、ビジネスとして不動産取引をする場合、その契約書上に不動産の移転時期を規定しておくのが一般的となっています。
契約書上の移転時期の定めとしては、たとえば次のような条項が考えられます。
・本件物件の所有権は、売買代金の全額が売主に支払われたときに、売主から買主に移転する。
・本件物件の所有権は、本件物件の所有権移転登記申請時に売主から買主に移転する。
なお、移転時期に関する上記の様な契約書の条項は、民法との関係では、民法の効果と異なる法律上の効果を定める「特約」という位置づけになります。
契約書の最後に記載されることの多い特約条項欄以外のところにこの移転時期に関する条項が設けられていたとしても同様で、当該条項は民法との関係では特約という位置づけです。
動産の所有権の移転時期
商品や機械といった動産の所有権の移転時期についても、民法の原則が妥当します。
たとえば、ある商品の販売を業とする企業Aが自己所有商品をBに売却する売買契約を締結したとします。この場合、契約書に何ら定めがなければ、機械の所有権は、売買契約の時にAからBに移転します。
民法の原則に従えば商品代金の支払いや引渡しは、所有権の移転時期とは関係がないということになります。
しかし、動産売買であっても、不動産売買と同様、重要な商品・高額な商品等を対象とすることも少なくありません。所有権の移転時期を厳格にとらえるべき契約も往々にして存在します。
そこで、そうした商品の売買契約に際しては、たとえば次のような条項を契約書に定めることを検討することになります。
・「本件商品の移転時期は、売主が買主に本件商品を納入したときとする」
・「本件商品の所有権は、買主が売主に代金全額を支払ったときに移転する」
所有権移転時期が問題となりうる場面
上記の様な所有権移転時期の問題は、契約内容が誠実に履行される限り、大きな問題となることはありません。
しかし、契約後、引渡し前に売主あるいは買主が破産してしまったり、商品が災害などで滅失してしまった場合(他の契約書条項等とも関連するが)、その時点で誰に所有権があったのかは大きな問題となりえます。
そして、契約書の定め方いかんによっては、当事者の破産や災害による滅失等によるリスクの帰属主体が大きく異なり得ます。
そのために、予防法務を重視する企業等は、重要な契約に際して、所有権の移転時期等を含む関連条項を整備し、そのリスクをマネジメントしています。