夫婦の離婚に際して争点となることの多い問題の一つが財産分与です。
そして、特に問題となることが多いケースの一つが、結婚前から夫婦の一方が有していた預貯金が、家計に組み入れられていたケースです。
こうしたケースにおいては、離婚する夫婦間において、結婚前の預貯金ないし預貯金相当額を財産分与の対象から除外すべきという意見と、除外する理由は無い、という意見とが対立します。
想定ケース
解説の為、まず、事案を想定します。
たとえば、結婚前から100万円の預貯金を有していた妻と、貯金を有していなかった夫とが、結婚から10年後の離婚に際して、共同財産として残余金200万円有していたとします。
この想定ケースにおいては、妻からは、結婚前にあった100万円はそもそも自己の財産であり、妻の取得分は150万円(100万円+100万円÷2)、夫の取分は50万円((200万円-100万円)÷2)であるとの主張がなされ得ます。
他方、夫からは、200万円を単に2分の1ずつ分ければ足り、それぞれ100万円ずつ取得すればよい、という主張がなされ得ます。
弁護士としても、この種の相談ないし相手方から主張は本当によく受けます。
財産分与とは
そもそも、財産分与というのは、夫婦の協力によって得た財産を離婚時に清算することをいいます。
夫婦の協力によって得られた財産は、夫婦の共有の財産として、分け合いましょう、というわけです。
他方、財産分与はあくまで、「夫婦の協力によって得られた財産」ですから、夫婦の協力とは無関係な各自の財産は、財産分与の対象ではありません。
この財産分与の対象とならない夫婦の協力とは無関係に得られた各自の財産の事を特有財産と言います。
上記の例においては、妻が結婚当初有していた100万円は妻の特有財産であり、財産分与の対象にはなりません。
そうすると、上記の例では妻側の主張が正しいようにも思われます。
特有財産が費消されていた場合
では、上記のケースで、妻がもともと有していた100万円が既に費消されており、残った200万円の原資は、実際には、夫の収入によって得られた給料を積み立てたものであったという場合はどうでしょうか。
当初妻が100万円を有していたとしても、これが費消されて残っていないのであれば、形式的には特有財産は残存していないこととなります。
そのため、残存する200万円の分与は、2分の1ずつ、すなわち各自100万円ずつ取得すればよい、という夫の意見が成り立ちそうです。
ただ、ここで考えなければならないことの一つは、妻の特有財産100万円が費消されていたとしても、その特有財産が生活費に費消されていた場合です。
この場合、妻の特有財産100万円が生活費に費消されたことが明らかであれば、夫婦が預貯金200万円を残せたのは、妻が特有財産100万円を有していたからといえそうです。
違う言い方をすれば、本来夫婦財産の200万円から費消されるべき夫婦の生活費100万円が、妻の特有財産から費消されているともいえます。
こうなると、残余財産200万円を単純に100万円ずつ(2分の1ずつ)に分けるのは、公平に反するとも思われます。
学説・実務対応について
上記のような夫婦の意見の対立につき、学説や実務はどのような考え方にたつのでしょうか。
学説について
<A説>
ある学説は、夫婦の一方が婚姻前から預貯金口座を利用していた場合、財産分与の基準時(多くは別居時)の残高から婚姻時の預貯金残高を控除したものが財産分与の対象になるとしています。
この見解は、上記の例では、妻の意見に沿う見解と言えます。
<B説>
また、ある学説は、婚姻前から保有する預貯金があったとしても、一旦家計と混在化した場合には、結婚前からの預貯金が特有財産として残存しているとは評価できず、婚姻時の預貯金全部が分与の対象となるとします。
その上で、この見解は、婚姻前の預貯金が夫婦財産の形成に貢献していた場合には、これを寄与度(財産分与の割合を変更する要素)の問題として扱う、としています。
実務対応
家庭裁判所は、実務対応として、基本的にB説に依拠しているものと思われます。
この見解に立つ場合、結婚前からの預貯金が夫婦生活解消時までに維持されているか否かをまず特定することになります。
維持されて残っていれば、それは特有財産として財産分与の対象から除外されます。
他方、結婚前からの預貯金が維持されず、費消されている場合には、夫婦関係解消時における預貯金全部が分与の対象となります。
その上で、婚姻期間の長短や、特有財産の使途・証明の程度を検討したうえで、当該特有財産の夫婦財産の維持・形成への貢献度(寄与度)を検討し、財産分与の割合を決定することになります。
冒頭の想定ケースで、妻が婚姻前に有していた100万円が既に費消されていたという場合には、10年間という婚姻期間の長さや、妻の特有財産の使途やその証明の程度等を勘案して、財産分与の割合を決めることとなるわけです。
ただ、実際に、10年と言う期間を考えた場合には、特有財産が実際に家庭へ貢献していると言えるか否かは不透明になりがちです(当然の事ながら、妻が自分自身のために結婚前の預貯金を使ったということも想定しうるため)。
そうすると、上記の例では、妻が具体的な使途を相応の資料をもって説明しない限り、財産分与の割合が変更される可能性は低いといえそうです。