取締役は、取締役会を通じて代表取締役の業務執行を監督する義務を負います。

この義務に違反して会社に損害が発生した場合、取締役は、会社や第三者に対して損害賠償の責任を負う可能性があります。

では、取締役として名前だけ使わせていた、というような単なる名目的取締役も、一般的な取締役と同様、責任を負うのでしょうか。

名目的取締役の責任とは

名目的取締役とは、上記の通り、取締役として名前だけ使用させていたような平取締役のことをいいます。

取締役として選任こそされていないもののの、会社の業務執行や運営には全く関与していない取締役です。

会社の代表取締役が違法行為等を行って会社や第三者に損害を与えた場合、この名目的取締役は他の平取締役と同様の責任を負うこととなるのか、というのが、問題の所在です。

参照:平取締役の監視・監督義務違反による責任

この点に関し、以下、名目的取締役の責任を肯定した最高裁昭和55年3月18日判決と名目的取締役の責任を否定した大阪地方裁判所昭和55年3月28日判決を紹介します。

なお、肯定例・否定例いずれもあるものの、名目的取締役が、会社に対して大きな責任を負うリスクを背負っていることは間違いがありません。

名目的というだけで、取締役に就任するのは、極めて大きなリスクであることを予め認識しておく必要があります。

名目的取締役の責任を肯定した最高裁判決

まず、最高裁昭和55年3月18日判決を紹介します。

この判決は、名目的取締役の責任を肯定した判決として著名な最高裁判決です。以下、判決の骨子。

<最高裁昭和55年3月18日判決規範部分>
「株式会社の取締役は、会社に対し、取締役会に上程された事項についてのみならず、代表取締役の業務執行の全般についてこれを監視し、必要があれば代表取締役に対し取締役会を招集することを求め、又は自らそれを招集し、取締役会を通じて業務の執行が適正に行われるようにするべき職責を有するものである(最高裁昭和四六年(オ)第六七三号同四八年五月二二日第三小法廷判決・民集二七巻五号六五五頁)。」

「このことは、前記被上告人Aにつき原審が認定したような会社の内部的事情ないし経緯によっていわゆる社外重役として名目的に就任した取締役についても同様であると解するのが相当である。」

「そうすると、前記のように同被上告人が取締役として訴外会社の業務執行を監視するにつき何らなすところがなかったことはその職責を尽くさなかつたものといわなければならないから、これと見解を異にし、同被上告人にはBの業務の執行につきこれを監視する義務はないとしたものと解される原判決は、法令の解釈適用を誤ったものであり、その誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨はこの点において理由がある。」

<名目的取締役の過失等の認定>
「もっとも原判決は、Bが被上告人C以外の者の要求によって取締役会を招集したことがないことや取締役会が開かれた際にもBに出席取締役の意見を尊重する態度が全く見られなかったとの認定事実に基づいて、被上告人AにおいてBが前記のような上告会社からの買入れをすることを事前に阻止すべきであるといっても、それはいうべくして実際上は不可能であったから、同被上告人は上告人の被った前記損害につき責任を負わないことをも付加して判示する。」

しかし、「前記のように、同被上告人が訴外会社の取引先の会社の代表者であり、Bの要請によって、訴外会社の資本の五分の一に当たる株式を保有する株主となり、かつ、その取締役に就任した事情・経緯にかんがみると、同被上告人のBに対する影響力は少なくなかったものと考えられるから、右のような事実があつたからといつて直ちに同被上告人が前記職責を尽くすことが不可能であつたとすることは、たやすく肯認しがたいところといわなければならない。」

「そうすると、結局、原判決中上告会社の同被上告人に対する請求を排斥した部分は破棄を免れず、本件は、以上の点について更に審理を尽くさせるのを相当とするから、右部分につきこれを原審に差し戻すこととする。」


名目的取締役の責任を否定した地裁判決

一方、大阪地方裁判所昭和55年3月28日は、一定の事情の下で、名目的取締役の責任を否定した判決です。

名目的取締役であることを肯定する事情

まず、同判決は次のような3つの事情を考慮して、責任を問われた取締役につき名目的取締役との評価を与えています。

<名目的取締役との評価の基礎となった事情>
・被告Aは当時岡山県に居住していたところ、小学校時代の同級生であった訴外Dの依頼により訴外Bの取締役となることを承諾した結果、形式的に訴外Bの取締役になったに過ぎず、被告A自身には、当時正式に訴外Bの取締役になったことも知らされていなかったこと

・被告Aは、出資もしておらず、訴外Bの経営に参画したこともなければその仕事に従事したこともなく、訴外Bの経営内容等その実体さえも知らなかったもので、訴外Bの単なる名目的形式的な取締役に過ぎず、取締役としての報酬も受けていないこと

・被告Aは、被告Dが訴外Bの事実上の代表者として訴外Bの運営に当っていたことも知らなかったこと


名目的取締役の責任

同判決は、上記のように述べた上で、さらに次のように述べて、名目的取締役の責任を否定しました。

<名目的取締役の責任を否定>
右認定の如く取締役としての報酬も受けておらず、出資もしていなければ、その経営にも参画していない単なる名目的形式的取締役については、代表取締役ないしはその代行者がその任務に違背し、違法な業務執行をして会社又は第三者に損害を与えることを知り、又は、容易にこれを知り得た等の特段の事情のない限り、取締役会の開催を求めるなどして代表取締役ないしはその代行者の業務執行を監視するまでの義務はなく、仮に右義務があるとしても、右義務を懈怠したことにつき悪意又は重過失はないと解するのが相当である。

本件においては、右特段の事情を認め得る証拠はないから、被告Aが訴外Bの取締役会の開催を求めるなどして被告Dの前記業務執行行為を監視しなかったとしても、被告Aには訴外Bの取締役としての任務懈怠はなく、仮に任務懈怠があるとしても、悪意又は重過失がないというべきである。


若干のコメント

上記の通り、名目的取締役の責任を肯定した最高裁判決の後に、その責任を否定した地裁判決がなされているものの、同地裁判決は、当時、取締役の人数を複数選任しなければならないという法律上のルールがあった状況下でなされた判決です。

当時、小規模の会社でも、名目的であれ、会社が取締役を複数選任せざるを得なかった、という事情が背景にあります。概していえば、名目的取締役が選任されることが法制度上、不可避ともいえるような状況でした。

しかし、現在の会社法上のルールの下では、取締役会を設置せず、取締役を一人とする制度設計が認められており、背景事情は大きく変わっています。制度設計において、名目的取締役を選任すべき必要性はありません。

そのため、現在の会社法の下では、名目的取締役の責任につき、より厳しい判断がなされる可能性があるといえます。