破産法における重要概念のひとつに、「支払不能」があります。

この支払不能については、破産法2条11号に定義規定が置かれており、その意味は一義的に定まるかのようにも思われますが、実際には学説上の争いが有ります。

破産法2条11号
この法律において「支払不能」とは、債務者が、支払能力を欠くために、その債務のうち弁済期にあるものにつき、一般的かつ継続的に弁済することができない状態・・・をいう。

なお、本記事記載の議論は、否認の成否などを巡って支払い不能の認定が問題となるい場合には必要な議論ですが、自己破産をされる多くの方にとっては、ほぼ関係のない議論であること、前置きしておきます。

参照:破産法における支払不能とは

支払不能を巡る3つの学説

支払不能を巡る対立の骨子は、破産者が債務不履行に陥っているか否かを要するか、という対立です。

代表的な見解としては、債務不履行必要説・債務不履行不用説・無理算段説の3つを上げることができます。

債務不履行必要説

債務不履行必要説は、支払不能の認定に関し、債務者が債務不履行に陥っていたことを必要とする見解です。

この見解は、少なくとも一つの債務につき、履行期が到来し、その債務不履行が現に生じていることを支払不能の必須の条件とします。

この見解のもとでは、確実に弁済できない債務の履行期が近い将来生じる場合でも、支払い不能ではないとします。

債務不履行不用説

他方、債務不履行不用説は、債務者が履行期の到来した債務を一般的かつ現実的に弁済することができないことが確実となった時点で支払不能は成立するとします。

この見解のもとでは、近い将来の一般的・継続的な弁済可能性がないといえれば支払い不能が成立するので、支払不能の評価を与えるに際して、破産者が債務不履行に陥っていたか否かの認定は不要となります。

無理算段説

無理算段説は、原則として、支払不能の認定に関し、債務不履行が必要となるが、債務者が無理算段により債務を支払っているにすぎない場合には、支払不能と認定できる、という見解です。

債務不履行必要説と債務不履行不用説の折衷的な立場に立つ見解です。

無理算段説について

債務不履行必要説を厳格に適用すれば、弁済期にある債務を弁済し続けている限り、債務者は支払不能には立ちません。

債務者が全ての財産を投げ打って、弁済を続けていれば支払不能とはならないのですから、債務者は、財産の清算や廉価売却なりを続けて自らの意図で支払不能時期を遅らせることが可能です。

破産法163条1号による偏頗否認は、支払不能を要件としていますから、廉価売却などを続けている間に、債務者が自らの身内に偏頗弁済などすることも咎められなくなってしまいます。

破産法が企図する適正な清算が実現できなくなる可能性があるわけです。

他方、債務不履行不用説も傾聴に値する見解ですが、任意整理や私的整理の実現を阻害しかねないとの懸念があります。

そこで登場するのが無理算段説。

上記のとおり、原則的には、支払不能の認定に際して、債務不履行を必要とするが、債務者が無理算段により債務を支払っているにすぎない場合には、支払不能と認定する見解です。

無理算段説と裁判例

無理算段説に立っていると評価される代表的な裁判例が、高松高等裁判所平成26年5月23日判決です。また、広島高等裁判所平成29年3月15日判決も参考になります。

特に高松高裁は、そのまま「無理算段」という表現を用いて判示しています。

高松高等裁判所平成26年5月23日判決

高松高等裁判所平成26年5月23日判示の規範部分支払不能とは、債務者が支払能力を欠くために、その債務のうち弁済期にあるものにつき、一般的かつ継続的に弁済することができない状態をいう(破産法162条1項1号イ、2条11項)。

支払不能は、弁済期の到来した債務の支払可能性を問題とする概念であることから、支払不能であるか否かは、弁済期の到来した債務について判断すべきであり、弁済期が到来していない債務を将来弁済できないことが確実に予想されても、弁済期の到来している債務を現在支払っている限り、原則として支払不能ということはできない。

しかし、債務者が弁済期の到来している債務を現在支払っている場合であっても、少なくとも債務者が無理算段をしているような場合、すなわち全く返済の見込みの立たない借入れや商品の投げ売り等によって資金を調達して延命を図っているような状態にある場合には、いわば糊塗された支払能力に基づいて一時的に支払をしたにすぎないのであるから、客観的に見れば債務者において支払能力を欠くというべきであり、それがために弁済期にある債務を一般的かつ継続的に弁済することができない状態にあるのであれば、支払不能と認めるのが相当である。

なお、このように解したとしても、支払不能後になされた行為の否認や、支払不能後に取得又は負担した債権債務に係る相殺の禁止との関係では、いずれも債務者が支払不能であったことを知っていたことが要件とされているから、債権者等の利害関係人に不測の不利益を与えるおそれもないものと解される。


広島高等裁判所平成29年3月15日判決

この判決は、上記高松高裁判決と異なり、無理算段という表現は使っていないものの、同判決と基軸を同じくする判決とも評価しえます。

広島高等裁判所平成29年3月15日判旨部分
破産法にいう「支払不能」とは、債務者が、支払能力を欠くために、その債務のうち弁済期にあるものにつき、一般的かつ継続的に弁済することができない状態をいう(2条11項)支払不能は、客観的な状態であり、債務者自身が支払能力があると判断していたとしても、客観的には支払不能と判断されることを左右するものではないというべきであるまた、返済の見込みのない借入によって調達した資金によって弁済期にある債務を支払っている場合や再建計画が明らかに合理性を欠き、支払不能の時期を先送りにする目的で現在弁済期にある債務につき期限の猶予を得たような事例については、支払不能と判断されるというべきである。