相続というと、遺産の承継といったイメージを浮かべる方も少なくありません。
しかし、相続は、預金や不動産などのプラスの財産のみを承継の対象とするのではなく、借金等の債務も同時に承継させる制度です。
借金が多額に及ぶ場合、これを相続してしまうと、相続人がその借金を返済していくことになります。場合によっては、相続をしたが故に、相続人が破産にいたるということすら考えられます。
こうした負担・リスクを回避するためによく活用されるのが相続放棄の手続です。
相続放棄により相続を否定する
相続放棄の仕組みは、相続人が、相続自体を全面的に拒否するための仕組みです。
相続放棄をすると、相続放棄をした方は、初めから相続人でなかった、という取り扱いになります。
そのため、相続放棄をした方は、被相続人(お亡くなりになった方)のプラスの財産、マイナスの財産を問わず、一切これを承継しません。
その結果、相続放棄をした方は、相続人の預貯金などの遺産を受け取ることはできませんが、反面、被相続人の借金の負担も免れます。
相続放棄の手続
相続放棄をするには、被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所に相続放棄の申述(相続放棄の申述書等の提出)をすることが必要です。
たとえば、北九州市小倉北区に最後の住所を有していた被相続人に関し、相続放棄をするには、福岡家庭裁判所小倉支部に相続放棄の申述書等を提出することになります。
ここで、申述書「等」と記載したのは、相続放棄に際しては、相続放棄の申述書の他、被相続人が生れてから死亡するまでの戸籍謄本や被相続人の最後の住所地を示す戸籍の附表等の添付書類の提出が必要となるからです。
相続放棄は専門家を立てなくてもできますが、慣れてなければ、この添付書類集めが意外と煩雑かもしれません。
相続放棄の期間等
相続放棄は、いつまでもできるわけではありません。相続放棄には法律で定められた期限があります。
<熟慮機関>
民法第915条第1項前段は、相続放棄の期限に関し、「相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内に、相続について、単純若しくは限定の承認又は放棄をしなければならない。」と定めています。
そのため、相続放棄を希望する場合、原則としては、相続の開始を認識してから、3ヶ月以内に、相続放棄の手続を採る必要があります。
この3か月のことを、相続すべきか否かを判断するための「熟慮期間」といいます。
なお、相続開始を知ってから3ヶ月という原則的期間については、判例・裁判例で重要な例外が認められていますが、この点については、別の機会に紹介します。
<期間の伸長>
また、民法915条第1項後段は、「この期間は、利害関係人又は検察官の請求によって、家庭裁判所において伸長することができる。」と定めています。
この規定は、3か月以内に、相続放棄をすべきか判断しきれないような場合に、熟慮期間を伸ばしうることを定めた規定です。
この規定を利用して、相続を知ってから3か月経過した後に、相続放棄の申述の手続を行うことも稀ではありません。
相続放棄と単純承認
上記のとおり、熟慮期間は、原則として相続の開始があったことを知った時から3か月以内です。
ただ、ここで注意を要するのは、3か月以内であっても、相続について、「単純承認」をしてしまうと、相続放棄ができないことです(相続放棄をしても事後的な裁判等において、無効と扱われます)。
たとえば、相続人が、被相続人名義の銀行預金を相続財産と認識しながら、これを引き出して、相続人が自分の飲食や生活費等に使ってしまった場合、相続財産を処分したことにより、当該相続に関し、単純承認したとみなされます。
その結果、相続人は、有効に相続放棄をすることができなくなります。
そのため、被相続人に借金があるなどの理由で相続放棄をする可能性がある場合、安易な考えで、相続人の財産を処分することは避けなければなりません。
相続放棄が他の相続人に及ぼす影響など
相続放棄は、共同相続人の相続持分や次順位相続人に大きな影響を及ぼします。
相続放棄と他の共同相続人の持分への影響
相続放棄をした場合、相続放棄をした方は、初めから相続人ではなかったことになりますので、共同相続人が複数いた場合、相続放棄をしていない方の相続分が増えます。
たとえば、Aを相続する子3名B,C,Dいた場合、相続放棄がなければ、B、C,Dの相続分は3分の1ずつです。
これ対して、Dのみが相続放棄をしたとすると、Dが初めから相続人でないと扱われる結果、B及びCが2分の1ずつ相続をすることになります。
C及びDが相続放棄をした場合、Bのみが相続人となり、BがAを全て承継することになります。
その結果、Aに借金があった場合、これを一人で承継したBがその借金をすべて負担するということになります。
相続放棄が次順位相続人に及ぼす影響
<相続の順位>
民法は、法定相続人について、第1順位を子、第2順位を親等の直系尊属、第3順位を兄弟姉妹と定めています。
その結果、第一順位の法定相続人がいない場合、親等の直系尊属である第二順位の方が法定相続人となります。また、第二順位の方もいなければ、第三順位の方(兄弟姉妹)が相続人となります。
参照:法定相続人と法定相続分
<相続放棄と次順位相続人の相続>
上記のとおり、相続放棄をした場合、相続放棄をした方は、初めから相続人でなかったという取り扱いを受けます。
先の例では、Aの子であるB、C、Dいずれも相続放棄をした場合、B,C、Dはいずれも相続人でなかったことになります。
その結果、第一順位の相続人が不存在となりますので、この場合、上記相続に順位に従い、次に、親などの第2順位の直系尊属が相続人となります。
また、親等の第二順位の方が、そもそも他界されていたり、相続放棄等をしたりした結果、不存在ということになると、今度は、第三順位の兄弟姉妹が相続人になります。
以上のように、相続放棄は、次順位の法定相続人に大きな影響を及ぼします。
違う言い方をすれば、先順位の法定相続人が相続放棄をすることで、次の順位の法定相続人が相続放棄をすべきか否かの判断を求められる、ということになります。
相続放棄を弁護士に依頼するメリットと弁護士費用
以上に述べたような相続放棄の手続は、弁護士が相続人を代理して行うことも可能です。
弁護士に依頼するメリット
弁護士に依頼する場合、そもそも相続放棄すべきか否かの相談や、各種戸籍謄本の取り付けや、相続放棄申述書の作成、提出、裁判所からの連絡対応等の煩雑な作業を全て任せることができます。
また、場合によっては、被相続人が生れてからお亡くなりになるまでの戸籍謄本の取り付けだけでも相当の時間がかかることがありますので、上記相続放棄の申述期間との関係においても、弁護士に依頼された方が安心かもしれません。
さらに、自分は相続放棄をするが、その相続放棄によって影響を受ける方(借金等を相続する立場におかれる)に弁護士から通知をしてほしい、といったご希望についても対応可能です。
弁護士費用等
相続放棄を弁護士に依頼される場合、その費用の相場は、一人当たり数万円~5万円程度の様です。
私(弁護士河合 洋行)が手続きを採る場合には、一人当たり3万2400円(税込)+実費(戸籍取付等の費用)を基本としています(※1)。
※1 弁護士費用は、各弁護士との合意によるものであり、相続放棄一つとっても、弁護士費用は、弁護士毎、ケース毎に異なります。この点は、弊所の他の弁護士であっても同様です。