ニュースなどで、認知症の方が外出先で重大な事故を引き起こした、というような事案を耳にすることがあります。

2018年には、神戸市において、認知症と診断された方が事故を起こした際に、見舞金や本人や家族が負担するとなった賠償金などを手当てする条例が制定されたことが話題となりました。

この神戸市の条例は、認知症と診断された方が外出先で事故を起こした場合に、本人のみならず、家族が負担することとなった賠償金を手当てすることを骨子の一つとしています。

つまり、この条例は、本人だけでなく、家族も賠償責任を負いうることを前提としています。

家族であるからと言って、ただちに法律上の責任が発生する訳ではないのですが、この家族の責任の根拠となりうる規定の一つが民法714条です。

以下、民法714条を理解する前提として、民法709条及び民法713条の理解が必要となりますので、以下、条文の規定順に紹介します。

民法709条

民法709条は、次のように定めています。

民法709条
故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

この規定は、不法行為責任の最も基本的な規定です。不注意によって、事故を発生させた場合、加害者は、この民法709条に基づいて不法行為責任を負うのが原則です。

したがって、認知症の方も、外出先で事故を起こした場合には、この規定に基づき、賠償義務を負担することになります(原則)。

民法713条

次に、民法713条を見てみます。民法709条の紹介に際して、「原則」という言葉を設けたのは、民法713条がその「例外」について規定しているからです。

民法713条 
精神上の障害により自己の行為の責任を弁識する能力を欠く状態にある間に他人に損害を加えた者は、その賠償の責任を負わない。
ただし、故意又は過失によって一時的にその状態を招いたときは、この限りでない。

<民法713条の位置づけ>
この規定の本文は、精神上の障害が有って、自らの行為について責任(違法性)を判断・認識することが出来なくなっている状態で不法行為を行った場合には、賠償の責任はない、とする規定です。

民法709条が定める不法行為責任の原則に対する例外となります。

<「精神上の障害」について>
民法713条にいう精神上の障害には、認知症も含まれます。

認知症の症状や程度如何にもよりますが、重度の認知症の方が事故を起こした場合、民法713条本文の規定の適用により、不法行為責任を免れ得るということになります。

民法714条

上記のように民法713条本文が適用されると、事故を起こした本人は責任を負わないということになりますが、それだけで終わると、今度は被害者の救済が薄くなります。

そこで、民法714条は、民法713条等を受けて、次のように規定しています。この民法714条が、家族が責任を問われうる根拠の一つとなる規定です。

民法714条
<第1項>
前二条の規定により責任無能力者がその責任を負わない場合において、その責任無能力者を監督する法定の義務を負う者は、その責任無能力者が第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。
ただし、監督義務者がその義務を怠らなかったとき、又はその義務を怠らなくても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。
<第2項>
監督義務者に代わって責任無能力者を監督する者も、前項の責任を負う。

民法714条1項本文の規定の意味

民法714条では、いきなり「責任無能力者」と言う表現が出てきていますので、難しそうに感じますが、構える必要はありません。

本来的には、認知症に限られた話ではありませんが、ここでは、同条にいう「責任無能力者」に該当する一つの例が、重度の認知症のため事故の責任を免れる者と理解しておけば大丈夫です。

そして、民法714条1項本文は、本人が、重度の認知症のため、上記民法713条により事故の責任を免れる場合、責任無能力者を監督する法定の義務を負う者が責任を負う、としています。

法定監督義務者と家族

この民法714条にいう「責任無能力者を監督する法定の義務を負う者」(以下、「法定監督義務者」といいます。)に、「家族」は当然には該当しません。

同居の家族であったとしても、無条件に民法714条の責任を負う訳ではありません。

家族であるからと言って、当然に他の家族を監督すべきとの実体法上の根拠はないからです。

なお、夫婦に関し、民法752条は,夫婦の同居,協力及び扶助の義務を規定していますが、これも互いを監督するものまで義務付けたものではありません。

例外的に責任が生じる場合

ただ、そうだとしても、家族が「法定監督義務者に準ずる者」として責任を負うことはありえます(民法714条1項の類推適用)。

それは、障害者の心身の状況や日常生活における問題行動の有無・内容,これらに対応して行われている監護や介護の実態などに照らして、家族が現に本人を監督し、監督義務を引き受けていたとの評価を受け得る場合です。

長かったですが、冒頭のテーマに戻れば、認知症と診断された方が事故を起こしたケースにおいては、監護・介護の実態などに照らして、家族が事故の防止に向けて、現に監督を行い、監督義務を引き受けたと言える場合、その事故に関して、家族が責任を問われるということになります。

最高裁平成28年3月1日判決

上記の様な民法714条の解釈に足しては、最高裁判例(平成28年3月1日判決 JR東海事件)の判旨が参考になります。一部を引用しておきます。

<平成28年3月1日最高裁判決>
・同居の配偶者の法定監督義務者該当性を否定
「精神障害者と同居する配偶者であるからといって,その者が民法714条1項にいう「責任無能力者を監督する法定の義務を負う者」に当たるとすることはできないというべきである。」

・例外的に責任が生じる場合について
「もっとも、法定の監督義務者に該当しない者であっても責任無能力者との身分関係や日常生活における接触状況に照らし、第三者に対する加害行為の防止に向けてその者が当該責任無能力者の監督を現に行いその態様が単なる事実上の監督を超えているなどその監督義務を引き受けたとみるべき特段の事情が認められる場合には、衡平の見地から法定の監督義務を負う者と同視して、その者に対し民法714条に基づく損害賠償責任を問うことができるとするのが相当であり、このような者については、法定の監督義務者に準ずべき者として、同条1項が類推適用されると解すべきである」


※<追記>なお、認知症の方ではなく、家族に注意義務違反がある場合、家族が、直接民法709条に基づいて責任を負うとされることもありえます。

この点に関しては、次の記事にて成年後見人の709条の責任に関して記載したところと同様の法的構成となりますので、ご関心がある場合には、そちらもご参照ください。

参照:成年被後見人の不法行為責任と成年後見人の責任