精神上の障害により判断能力の欠く常況に有る者を支援するための仕組みが成年後見の制度です。

判断能力の欠く常況に有る者(以下、「本人」ということがある。)について、家族などが家庭裁判所に申立てをすることにより、成年後見人が選任されます。成年後見人が選任された本人を成年被後見人といいます。

この成年後見人には弁護士や司法書士などの法律専門職が選任されることもありますが、家族などが選任されることもあります。

成年被後見人が事故等を起こした場合における本人の責任

成年被後見人が外出先などで事故をおこしてしまい、第三者に損害を与えてしまった場合、事案によっては、その責任を成年被後見人(本人)に問いうるかという点が問題になることがあります。

民法の大原則として、故意又は過失によって第三者に損害を与えた場合、損害を与えた加害者は、その損害を賠償しなければなりません。

この加害者の責任は、民法709条に規定された不法行為責任という責任です。

他方、民法は、713条本文において、精神上の障害により、事故の行為の責任を弁識する能力を欠く状態にある間に他人に損害を加えた者は、不法行為責任を負わないと定めています。

民法709条
故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

民法713条 
精神上の障害により自己の行為の責任を弁識する能力を欠く状態にある間に他人に損害を加えた者は、その賠償の責任を負わない。
ただし、故意又は過失によって一時的にその状態を招いたときは、この限りでない。



そこで、成年被後見人が外出先などで事故を起こしてしまった場合、この713条の適用により、成年被後見人が責任を免れるのではないか、が問題となるのです。

この点、上記のとおり、成年被後見人は、精神上の障害により判断能力の欠く常況に有るという前提で選任されています。

そして、判断能力を欠いているのであれば、責任を弁識する能力(行為の違法性を認識する弁識力)のではないか、と思われるかもしれません。

しかし、成年後見制度が前提とする判断能力と不法行為責任における責任能力は必ずしもリンクしません。

また、成年被後見人の精神上の障害の程度もそれぞれ異なります。

そのため、成年被後見人であるからといって常に民法713条の適用により成年被後見人が不法故意責任を免れるのではなく、結局は、個別の事案ごとに成年被後見人の責任能力を判断していくということになります。

具体的には、精神障害の程度に関する医師の判断や、日常生活における成年被後見人の行動などを勘案し、本人が、その行為の違法性(不注意による過失事案も含む)を弁識できたか否かにより判断していくことになります。

成年被後見人が事故等を起こした場合における成年後見人の責任

成年被後見人が事故等を起こしてしまった場合、本人のみならず、成年後見人が責任を問われることもあります。

もちろん、成年後見人だからといって、本人が第三者に与えた責任を直ちにあるいは当然に負わなければならない、ということではありません。

以下、成年被後見人に責任能力があると判断される場合と、責任能力がない、と判断される場合に分けて、成年後見人が責任を負いうるケースにつき説明します。

成年被後見人に責任能力があると判断される場合

上記成年被後見人(本人)の責任について述べたように、成年被後見人に責任能力があると判断される場合、民法713条は適用されません。

そのため、成年被後見人は、民法709条の条件を満たす限り、不法行為責任を負います。

この場合、成年被後見人本人が責任をとることになるわけですから、成年後見人の責任まで問わなくてもよいように思われます。

しかし、他方で、成年被後見人の収入や資力などによっては、成年被後見人において賠償しきれないという場合もあります。

こうした事情等から、成年後見人が被害者の方から責任を問われることがあるのです。

その場合、成年後見人の責任の根拠となる規定は、やはり民法709条です。そして、民法709条を適用する上での判断の分かれ目になるのは、成年後見人自身に過失(注意義務違反)が認められるか否かです。

この点に関し、近時、議論が動いているものの、たとえば、次のようなケースでは、本人だけでなく、成年後見人による過失も事故を惹起せしめたとして、損害賠償責任が問われうると考えられています。

<想定ケース>
成年被後見人の身上監護として、日常的に、自傷他害の恐れのある本人の精神上の障害を軽減・安定させる薬を本人に服用させる役割を負っていた。ほかに、同役割を追っていた者はいない。
ところが、成年後見人が薬を服用させることを失念し、本人の精神上の障害の軽減・安定が図られず、その結果として、本人が事故を起こしてしまった。

成年被後見人に責任能力がないと判断される場合

成年被後見人に責任能力がないと判断される場合、上記のとおり、民法713条の適用により、本人は責任を免れます。

この場合においても、成年後見人が民法709条規定の過失等の条件を満たす場合、やはり成年後見人は民法709条により責任を負うこととなります。

また、成年被後見人に責任能力がないと判断される場合、成年後見人の責任については、さらに民法714条の適用が問題となり得ます。

民法714条
<第1項>
前二条の規定により責任無能力者がその責任を負わない場合において、その責任無能力者を監督する法定の義務を負う者は、その責任無能力者が第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。
ただし、監督義務者がその義務を怠らなかったとき、又はその義務を怠らなくても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。
<第2項>
監督義務者に代わって責任無能力者を監督する者も、前項の責任を負う。

民法714条1項本文は、責任無能力者(責任能力が無い者)の不法行為に関し、法定の監督義務者(法定監督義務者)が責任を負うと定めた規定です。

成年後見人が、この法定監督義務者に該当する場合には、条文上、成年後見人は賠償責任を負うことになります。

この点に関し、従前、成年後見人は法定監督義務者に該当すると理解されていました。平成28年頃までに発刊された一般的な書籍のほとんどで、そのように解説されていると思います。

ただ、この点に関し、平成28年3月1日最高裁判決が、成年後見人であるというだけでは、法定監督義務者には当たらない、と判示しました。

民法に規定されている成年後見人の主要な義務は本人の身上に配慮する義務であり、成年被後見人を「監督」する義務ではない、というのがその理由です。

最高裁判所の判決ですので、実務もこの判示の前提に沿って動いているものと思われます。

ただ、同判決は、法定監督義務者でなくとも、法定監督義務者に準ずる者については民法714条の類推適用があるとしています。

そのため、成年後見人であるというだけでは民法714条の責任は負わないものの、成年後見人が日常生活等において、成年被後見人を監督することを現に引き受けていると評価されるような場合には、成年後見人にも責任が問われうる、ことには留意が必要です。

平成28年3月1日最高裁判決(JR東海事件)
<成年後見人の法定監督義務者該当性を否定>
・身上配慮義務は,成年後見人の権限等に照らすと,成年後見人が契約等の法律行為を行う際に成年被後見人の身上について配慮すべきことを求めるものであって,成年後見人に対し事実行為として成年被後見人の現実の介護を行うことや成年被後見人の行動を監督することを求めるものと解することはできない
・成年後見人であることだけでは直ちに法定の監督義務者に該当するということはできない
<法定監督義務者に準ずる場合について>
・法定の監督義務者に該当しない者であっても,責任無能力者との身分関係や日常生活における接触状況に照らし,第三者に対する加害行為の防止に向けてその者が当該責任無能力者の監督を現に行いその態様が単なる事実上の監督を超えているなどその監督義務を引き受けたとみるべき特段の事情が認められる場合には,衡平の見地から法定の監督義務を負う者と同視してその者に対し民法714条に基づく損害賠償責任を問うことができるとするのが相当であり,このような者については,法定の監督義務者に準ずべき者として,同条1項が類推適用されると解すべきである