不動産の賃貸借契約を締結する際、賃料は、賃貸人・賃借人の重要な関心事ですが、賃料以外にも、契約に際しては、不動産の使用目的などの諸条件が契約で定められるのが一般的です。

たとえば、居住用不動産において、もっぱら居住用の為に当該不動産を使用する旨を契約書に定める事や、ペットの飼育を禁止する旨定めること等がその例です。

また、店舗用不動産契約においては、たとえば、店舗使用できる業種を限定する条件(「飲食店としての利用は禁止する等」)が定められることもあります。

こうした条件は、不動産の価値の維持等を目的に定められます。そして、契約内容となっている以上、賃借人は当該諸条件を順守する義務(用法遵守義務)を負います。

賃借人が、こうした賃貸借契約の諸条件を守らない場合、オーナーとしては、契約条件を守るよう、借主に請求することができます。

ではさらに、オーナーは借主が契約条件に違反したことを理由に、賃貸借契約を解除することができるのでしょうか。

解除権の根拠規定とその形式的当てはめ

民法は、一方当事者が契約違反をした場合の契約の解除に関し、次のような規定を置いています。

民法541条
当事者の一方がその債務を履行しない場合において、相手方が相当の期間を定めてその履行の催告をし、その期間内に履行がないときは、相手方は、契約の解除をすることができる。

少し読みにくいかもしれませんが、賃貸借契約に即して言えば、賃借人が契約上の義務を履行しない場合、オーナーは、相当の期間を定めて契約を守るように請求し、それでも当該期間内に賃借人が義務を履行しない場合は、法形式上は、オーナーは契約を解除できることになります。

たとえば、ペット禁止の賃貸マンションにおいて、借主がペットとして小鳥(ここでは「ペット」に当たることを前提とする)一羽を飼っている場合を想定します。

ここで、上記条文を形式的に当てはめると、オーナーが、相当の期間を定めて小鳥の飼育をやめるよう賃借人に求め、賃借人が当該期間内に飼育をやめなければ、オーナーは契約を解除できることになります。

判例による解除権の制限

ところが、実際には上記の様な形式的あてはめでは問題は解決しません。

実は、賃貸借契約の解除の場面における民法541条の適用については、判例上、「信頼関係破壊の法理」という重要な法理が形成されており、オーナーが賃貸借契約を解除できる場面が限定されているからです。

信頼関係破壊の法理

信頼関係破壊の法理というのは、継続的契約関係にある当事者間において、同当事者間の信頼関係が破壊されたといえる場合に限り、当事者の一方からの契約を解除を認めるという法理です

この法理は、賃貸借契約などの継続的契約の基礎には当事者間の信頼関係が存在するという前提・建前に立ち、継続的契約の拘束力を強めるものです。

不動産の賃貸借契約の解除という場面で発展した理論ですが、その理由の一つには、生計の基盤である賃借人の居住の利益を保護すべき、あるいは当該不動産に資本を投下した賃借人の保護を図るべきという価値判断が存在するものと思われます。

この法理のもとでは、債務不履行があったとしても、軽微な違反では、オーナーは契約を解除できません。オーナーが契約条件違反を理由に賃貸借契約を解除するには、当事者間の信頼関係が破壊されたといえるほどの事情が必要になります。

個別検討になる(ペット飼育禁止違反を例に)

当該賃貸借契約の信頼関係が破壊されたと言えるか否かは個別にケースごとに判断されます。

小鳥をペットとしているケース

ここで、先ほどのペット飼育禁止のマンションで小鳥をペットに飼育していたという例を考えてみましょう。

当該小鳥が室内の籠の中で飼われており、鳴き声もなく、糞も適切に処理されている、その他周囲の住民にも迷惑をかけていないといった場合、信頼関係が破壊されたとの評価をあたえるのはかなり難しいでしょう。

当該事案において、他に、オーナー側に重大な不利益が発生したと具体的に言えない限り、解除まではできないと考えられます。

大型犬をペットとしているケース

では、飼育していたのが、大型犬だったらどうでしょうか。

もちろん、最終的に信頼関係が破壊されたとの評価を受けられるかは、個別のケースにおける諸般の事情次第です。

ただ、大型犬の場合、室内が毀損される恐れが高く、鳴き声・遠吠えや散歩時の糞などによる被害のおそれ(現に当該被害があるか否かはもちろん重要)、近隣居住者や子供に恐怖感を与える恐れがある点で、小鳥のケースより、よほど解除が認められやすいはずです。

解除ができるか否かは事案ごと・ケースごとに判断される

上記のように同じペット飼育禁止のマンションで、借主がペットを飼育していたとしても、当該ペット飼育を理由に解除が認められるかは、個別事情により結論が左右されることになります。

この点は、その他の用法遵守義務違反(使用目的違反等)においても同様です。

契約上の諸条件に違反することを理由とする解除が認められるか否かは、当該賃貸借契約の契約の拘束力を否定するに足りるだけの個別事情(信頼関係を破壊したといえる事情)の有無をケースごとに検討して、判断していくことになります。

(※なお、本記事の主題からは離れますが、貸主としては、解除ではなく、用法遵守を求めることもできます。たとえば、ペット禁止の賃貸物件においてペットを飼育している場合、飼育の差し止めを求める法的手続も考えうるところです。)