ビジネス実務法務入門連載、今日のテーマは自力救済の禁止についてです。
自力救済の禁止は、契約上の権利・義務の実現に限った概念ではなく、民法あるいは私法全体に通じた概念ですが、企業取引の根幹が契約であることから、契約総論において説明します。
契約の拘束力と自力救済の禁止
自力救済についての説明に入る前に、契約の拘束力のおさらいから。
ビジネス実務法務入門連載では、一旦契約が成立すると、その契約を破棄するのは容易でないという点につき、次の記事で説明しました。
この記事に記載したように、契約が一旦成立した場合、契約の拘束力により、当事者が、勝手に契約を破棄したり、勝手にその義務をなかったことにしたりすることはできません。
これを認めると、契約が成立しても不安でしょうがないですよね。
では、その一方で、契約が無かったことにならない以上、債権者が契約上の義務内容の実現を自力(実力行使)で行っていいのかというと、これもまた違います。
契約の拘束力により、相手が契約内容に拘束されているからといって、それを自力で実現することは、禁止されているのです。
これを自力救済の禁止と言います。もう少し詳しく見ていきましょう。
自力救済の禁止とは
自力救済の禁止というのは、権利者が、法律上の手続を経ずに、相手方の任意の意思に反して、実力で、その権利の内容を実現してはならないというルールをいいます。
たとえば、不動産の売買契約を締結したという事案で、売主が任意に不動産を明け渡さないからといって、買主が売主を実力で追いだしたりすることは、自力救済として禁止されます。
また、反対に、買主が代金を支払わないからといって、買主の事務所まで行って、現金を勝手に持ち去るということも当然禁止です。
不動産の明渡義務や代金の支払義務も、義務者が自らの意思でこれを履行しない場合、権利者がその義務の履行を求めるには、裁判やこれに引き続く強制執行等の法的手続を採る必要があります。
自力救済の根拠規定と趣旨
実は、民法には、自力救済の禁止を真正面から規定した条文はありません。ただ、手掛かりになる規定として、たとえば、民法200条1項や民法414条1項本文を挙げることができます。
民法200条1項
占有者がその占有を奪われたときは、占有回収の訴えにより、その物の返還及び損害の賠償を請求することができる。
民法200条1項の規定は、おおざっぱに言えば、相手が持っている・事実上管理している物を奪ったら、その返還請求や損害賠償請求を受けるよ、という規定です。
たとえば、不動産売買契約があるからといって、買主が、売主が管理している不動産に乗り込んで行って、これを奪った場合、不動産を奪われた売主は、民法200条第1項に基づき、買主に対して不動産を返せ、と主張できます。
ここでは、不動産売買契約が実際にあろうとなかろうと、あるいは有効であろうが無効であろうが、不動産を奪われた買主は、売主に返せといえます。
この民法200条第1項は、物権に関する規定であって、民法全体を通じた規定ではありませんが、明確に自力救済につき、ノーを突きつけています。
民法が自力救済の禁止の立場をとっている手がかりになる規定です。
民法414条1項本文
さらに、自力救済の禁止に関し、民法414条1項本文も手掛かりと言えます。
債務者が任意に債務の履行をしないときは、債権者は、その強制履行を裁判所に請求することができる。
この民法414条1項は、相手が任意に債務の履行をしない場合、強制執行の手続を裁判所に求めることができる旨定めています。
この規定も、自力救済を直接禁止した規定ではありません。
ただ、この規定から、民法が、相手が任意の履行をしない場合に、債権者が強制執行の手続きを裁判所に求めることで紛争解決を図るという制度設計を採用していることは明らかです。
この規定の背後に、自力での救済を禁止するんだという考え方があることが伺えます。
自力救済禁止の理由
自力救済が禁止される根本的な理由は、社会秩序の維持です。
仮に自力救済可能な社会を想像してみましょう。その社会は、物理的な実力を有している者が勝ち、物理的な実力のない者が負ける社会です。
権利の実現のために、暴力的行為に訴える反社会的勢力が跋扈する社会です。社会の秩序・平和は到底維持できません。
こうした事態を避けるため、法は、自力救済を禁止し、裁判所の法的手続を通じて権利の実現を図ることを私法制度の要としています。