成年後見制度は、精神上の障害により、法律的な行為をする判断能力が十分でない方を保護・支援する仕組みです。

ただ、この制度を利用するためには、家庭裁判所に、後見や保佐・補助(以下、3つをあわせて後見等といいます)開始の審判を申し立てる必要があります。

そして、一般的には、後見等の申立から、後見等を開始させるための審判手続がなされるまでの期間は、平均2ヶ月程度と説明されます(最近はもっと早いようには思われるが。)。

この2ヶ月の間、たとえば、同居人が本人の預金を使い込んでしまったり、本人が悪質業者と取引をしてしまった場合、いざ後見開始しても本人の保護、救済が図れるとは限りません。

審判前の保全処分

上記のように、後見等の審判開始前に、同居人が本人のお金を使い込んでいる、というケースや、悪質業者が本人に接触している、といったケースでは、後見開始までの期間を座して待つわけにはいきません。

その間に生じうるリスクを排除する必要があります。

こうした場合に利用できるのが、審判前の保全処分という手続です。

財産管理人の選任等

たとえば、後見についてみると、家事事件手続法(126条第1項)は、次のように定めています。

家事事件手続法126条第1項
家庭裁判所(第百五条第二項の場合にあっては、高等裁判所。以下この条及び次条において同じ。)は、後見開始の申立てがあった場合において、成年被後見人となるべき者の生活、療養看護又は財産の管理のため必要があるときは、申立てにより又は職権で、担保を立てさせないで、後見開始の申立てについての審判が効力を生ずるまでの間、財産の管理者を選任し、又は事件の関係人に対し、成年被後見人となるべき者の生活、療養看護若しくは財産の管理に関する事項を指示することができる。

少し長くて読みにくいかもしれませんが、要は、この規定は、後見開始の申立があった場合、家庭裁判所が、必要に応じて、当面の財産管理人を選任することなどができると定めた規定です。

ここで、同居人が本人の預金口座にある預金をギャンブルなどに使い込んでいる、といった事例を想定します。

こうした事案においては、審判開始前の保全処分で選任された財産管理人は、同居人が所持・管理している既存の本人名義の通帳の利用を停止し、新たに通帳を発行するよう金融機関等に求めます。

こうした措置をとることで、同居人が預金通帳を利用して、本人の預金を使い込むことをできないようにするのです。

なお、私自身は、過去に、本人所有の不動産に居住していた親族が、施設入居中の本人の預金を使い込んで浪費していた、という事案を取り扱ったことがあります。

その事案では、財産管理人候補者が状況をすぐに理解してくれ、審判発令の通知があった後、すぐに銀行に駆け込んでくれました。

保全処分があったその日のうちには、財産管理人は、使い込みがされていたすべての通帳を利用停止にした上、通帳の新規発行手続きをしてくれていたように記憶しています。

なお、この保全処分としての財産管理人選任の仕組みは、後見だけでなく、保佐、補助のケースでも利用可能です。

後見命令等

上記家事事件手続法126条第1項に基づく財産管理人選任の制度は、財産を管理する権限を有する人を選ぶ制度です。本人以外の第三者に権限を付与するものであって、本人の財産管理権を法的に制限するものではありません。

しかし、事案によっては、本人の財産管理権を制限しなければ、本人の保護を図れないケースがあります。

たとえば、悪質業者が本人に接触してきており、このままだと本人が契約をしてしまうかもしれない、といった場合です。

この点に関し、家事手続法126条第2項は、さらに次のように定めています。

家事事件手続法126条第2項
家庭裁判所は、後見開始の申立てがあった場合において、成年被後見人となるべき者の財産の保全のため特に必要があるときは、当該申立てをした者の申立てにより、後見開始の申立てについての審判が効力を生ずるまでの間、成年被後見人となるべき者の財産上の行為(民法第九条ただし書に規定する行為を除く。第七項において同じ。)につき、前項の財産の管理者の後見を受けることを命ずることができる。

この規定は、家庭裁判所が、後見開始の審判前に、特に必要がある場合には、後見開始の命令をすることができると定めた規定です。

そして、後見開始の命令があると、第126条1項に基づいて選任された財産管理人は、後見開始命令後、本人が行った契約等を取り消すことができるようになります(同7項)。

本人の財産の保全の場面に限定されるものの、後見開始の命令により、後見開始の審判前に、後見が開始したのと同様の保護を図ることができるようになるのです。

なお、先に挙げた私が担当した事案では、預金使い込みの他、本人入居中の介護施設に、預金を使い込んでいた親族と不動産業者がたびたび施設を訪れていた、との事情がありました。

本人は、複数の不動産を所有していましたので、当該親族は、その処分を企図して、不動産業者を介護施設に招いていたのでしょう。この事例では、財産管理人の選任の他、当然、後見命令も得ることになりました。

なお、後見命令を例にあげましたが、後見と同様、保佐・補助にもそれぞれ保佐命令・補助命令という制度が存在しています。

取り返しのつかない損害発生の防止のために

取り返しのつかない損害発生を防止するためには、単に後見・保佐・補助の開始を申し立てるだけでは不十分かもしれません。

もしかしたら、そのケースは、本記事で紹介した「審判前の保全処分」の仕組みを利用すべき事案かもしれません。

後見申立に際しては、本人に損害が生じる緊急の事情がないか、十分かつ迅速に検討することが、弁護士にとっても重要な課題になります。