判例照会

判例紹介:亡くなった方が書かれたとされる遺言の押印が、亡くなった方の意思でされたとは認められないとして、遺言の成立を認めなかった事例(東京地判令和2年12月17日)

事案:被相続人の子であるXらが、被相続人の夫であるYに対して、被相続人名義の自筆証書遺言が無効であると確認を求めた。

 

遺言の方式(自筆証書遺言について詳しく記載)

民法上、遺言の方式は3つあり、一つ目の方式として自筆証書遺言、二つ目の方式として公正証書遺言、三つ目の方式として秘密証書遺言があります。

今回紹介する判例の事案における遺言は、一つ目の自筆証書遺言という方式で作成されていました。自筆証書遺言とは、亡くなった方自身で書いた遺言書です。自筆証書遺言は、民法上、遺言の成立を認めるための条件(法律上「要件」ともいったりします)が厳格に定められており、これらの条件が充たさなければ遺言書の成立は認められません。

自筆証書遺言の条件(民法968条)は、

①亡くなった方が遺言の内容となる全文を自書すること

②亡くなった方が日付を自書すること

③亡くなった方が氏名を自書すること

④遺言書に押印すること

になります。これらの条件をどれか一つでも欠くことで遺言書の成立が認められない場合、他に遺言書を残している等の事情を除き、法定相続割合にしたがって遺産分割がなされることになります。

※なお、④の要件を欠いても遺言が有効になる余地はあります(最判H49.12.24)。

事実関係

この判例では、以下の事実が認定されました。

・本件遺言書は亡くなった方の自書であること

・遺言書にある印鑑の跡(押印)が亡くなったかたの印章と一致していること

・亡くなる3週間前に遺言書に印鑑の跡(押印)がなかったこと

・亡くなる3週間前から亡くなる時までの間の亡くなった方の言動

・押印に使用された印鑑を特定の相続人が所持していたこと

・印鑑を所持していた相続人に押印する動機及び現実的可能性があること

裁判所の判断

上記の認定した事実を元に裁判所は

「前記前提事実及び上記認定事実によれば,同年2月22日から被相続人の死亡に至るまでの間,本件印鑑は被告が所持していたこと,被相続人は,同日,上記のような関係にあったBから本件遺言書に押印をしないよう助言を受けたこと,被相続人は第1遺言書を自ら保管していたにもかかわらず本件遺言書を保管していなかったこと,同日から被相続人の死亡までの間はわずか3週間しかないことが認められる。これらのことに,上記のとおり被相続人が死亡する約1週間前に原告X1に対し第1遺言書が有効であることを前提にした発言をしていることも併せて考えれば,本件遺言書に被相続人が押印したことについては大いに疑問が残るといわざるを得ない。

他方,上記認定事実によれば,被告は被相続人の遺産の行方に強い関心を持っていたことが推認されるから,遅くとも被相続人が被告を相続人から廃除し,その遺産を全て原告らに相続させる内容の第1遺言書(前提事実(2)ア)の存在を知った後は,被告には被相続人の押印の無い本件遺言書に押印をする動機が存在したと認められる。また,上記認定事実によれば,本件遺言書は遺品整理後の同年3月22日になって初めてその存在が明らかになったものであることが認められるところ,上記認定事実によれば,被告は,遺品整理が終わり第1遺言書の内容を知った後,本件遺言書の発見までのわずかの間にその発見場所である被相続人の自宅マンションを訪れていること,本件印鑑は,平成28年12月以降,被告が所持していたことが認められることからすれば,被告が本件印鑑を用いて本件遺言書に押印することは現実的に可能であったと認められる。そうすると,被告が被相続人の意思によらずに本件遺言書に押印した可能性を否定することはできない。

これらからすれば,被相続人が本件遺言書に押印した事実を認めることはできない。

よって,本件遺言書は,被相続人の押印という自筆証書遺言の要件を満たしているとは認められず,無効である

さいごに

この判例は、遺言書の保管状況や印鑑の保管状況、亡くなる3週間前に遺言に押印がなかったことなどから、自筆証書遺言の条件④を充たさないと判断しています。このように、遺言を残している場合であっても、遺言の有効無効について争う場合があります。そのため、遺言書があるからといって諦めず、一度、法律事務所を訪れて弁護士にご相談をしてみるのもよいかもしれません。

また、亡くなった後の紛争をできる限り起こさないようにするためにも、遺言書の内容・条件・方式等について、法律事務所を訪れて弁護士にご相談してみるのもよいかもしれません。