今回は、NHK受信料支払義務に対する債務承認の効力が争われた東京地方裁判所平成28年12月27日判決を紹介いたします。

事案概要(東京地方裁判所平成28年12月27日判決)

事案は、原告(受信料支払義務者)が、NHKに対して行った過去の受信料に対する弁済の効力、債務承認を取り消すことの可否、消滅時効の援用の可否が争われたケースです。受信料支払義務者側が、支払った過去の受信料の返還を求めて、NHKを提訴したものになります。

弁済の有効性について

本件では、まずNHKに対する「弁済」の有効性が争われました。

この主張は、原告が支払った金員がNHKへの受信料の支払に向けられたものではない、との位置づけに理解されます。

原告の主張

当該事案において、原告は、原告が行った金銭の給付に関し、次の主張を展開しています。

原告側の言い分
原告は、被告に対して受信料を支払わない強い意思を有しており、また、本件カード挿入等が本件受信料債務の支払のためにするものであることを認識していなかった。

原告は、チャイムやドアのノックを繰り返すなどして受信料の支払を求めるBの執拗な態度に恐怖感と不安感を覚え、Bに立ち去ってもらうため、Bに言われるがままに、本件カード挿入等をその意味を十分に理解せずに行った。

このように、本件カード挿入等は、本件受信料債務についてされたものではなく、弁済として無効である。


裁判所の判断

これに対して、裁判所は、次の趣旨の事情を挙げて、原告の主張を排斥しました。

裁判所の認定・判断
B(NHK訪問員)が平成27年1月8日正午頃に未払となっていた受信料の集金のために原告宅を訪れたこと、原告がかかるBの訪問目的を認識していたこと、

Bから告げられた未払いの受信料額が合計X万XXXX円であったこと、

Bが原告に対してクレジットカード又は銀行キャッシュカードを用いて支払をすることを提案したこと、

原告が1回で上記全額を支払うことに難色を示したことから、BがまずはY万YYYY円を支払うように提案したこと

その後、原告は、Bが所持していた決済用の電子端末に、自ら本件カードを挿入するとともに暗証番号を入力したこと、

原告がその際、標題部の「放送受信料支払期間指定書」との記載に加え、下記の記載のある書面(甲1)に氏名、住所等を記載したこと、

Bが同書面の「お支払額」欄に「YYYYYY」、「お支払期間」欄に「H20年10月~H27年01月」、「未収期間」欄に「H17年04月~H20年09月」と記載した後に原告が同各欄のすぐ左隣にある「確認」のチェック欄にチェックマークをそれぞれ記載したこと


裁判所は上記の様な事情に基づき、原告が「本件受信料債務の弁済のために本件カード挿入等を行ったことは明らかであり、原告が被告に対して受信料を支払わないとの強い意思を有していたとしてもかかる判断を何ら左右するに足りるものではない。」と判断しています。

強迫取消の可否について

次に強迫取消についてです。

原告の主張

原告は、強迫取消の主張として次のような主張を行っています。

原告側の言い分
「弁済」につき、意思表示に関する民法の規定が適用ないし類推適用されると解すべきであるところ、Bの上記言動は原告の身体、自由に対する害悪の告知であり、原告と同じ立場に置かれた女性を畏怖させるに足りるものであるから、民法96条1項の強迫に当たるというべきである。


裁判所の判断

裁判所の認定・判断
これに対して裁判所は当該事例において、次のような事情を挙げ、「Bが原告に恐怖心を生じさせるほどに執拗ないし粗暴な態様で原告に対する働き掛けをしていたと容易く認めることはできない」として、原告の主張を排斥しています。

Bは受信料の支払を求めて、原告に対する働き掛けを繰り返しているものの、原告の身体等に対して危害を加える旨の明示的な発言をしたとの主張立証はない。

また、原告は体調が悪いとして応対を拒んでおり、原告がBに対して原告宅から立ち去ることを望んでいたとはいえるものの、当日の原告の体調について的確に認定できる客観的証拠がない

Bが原告宅を訪問したのが昼間であること、原告がチェーンを掛けずにドアを開けて応対していること

ドアを開けた後の状況として原告がドアを閉めようとした事実についての主張立証はないこと

原告は「女性」ではありますが、当該事情を考慮してもなお、当該裁判例を参考とすれば、訪問員の訪問・働きかけが執拗であったことを理由とする強迫取消の主張・立証のハードルが高いことが窺われます。


時効援用に関する主張

最後に時効の援用についてです。

原告の主張

原告は、支払期間指定書記載の期間の債務の一部及び未収期間欄記載の債務(平成22年3月分までの受信料債務)につき、消滅時効の主張をしました。

裁判所の判断

これに対して、裁判所は次のとおり判示して、当該主張を排斥しています。

裁判所の判断
原告は、平成22年3月分までの本件受信料債務に係る消滅時効を援用するが、・・・本件受信料債務については、原告の委託に基づく本件立替払いより消滅している。

原告が本件カード挿入等をしたり、支払指定書について支払金額やその対象となる支払期間について確認をしたりしたことは、時効による同月分までの本件受信料債務の消滅の主張と相容れない行為であり、被告においても、原告はもはや時効の援用をしない趣旨であると考えるのが相当であるから、原告が上記消滅時効の援用をすることは信義則に反する。

なお、債権者が消滅時効の成立を認識していたとしても、これを債務者に告げる法的義務があると解することは困難であり、債権者が消滅時効の成立を認識しながら当該債務の弁済を受けたとしても、そのことをもって直ちに信義則に反するものとはいい難い。



消滅時効期間完成後の債務承認については、債務者が時効を援用しないであろうと債権者が信頼することとなることを理由に、最高裁が、「信義則上、時効援用権を喪失する」という考え方を示しており(最高裁昭和41年4月20日判決)、上記裁判例は、当該最高裁の判断枠組に沿ったものと評価されます。

4 過去の放送受信料をめぐるトラブル

NHKの過去の放送受信料を巡るトラブルは決して少なくありません。訪問員の訪問とその態様がトラブルの火種になっているケースが少なからず散見されます。

ただ、過去の放送受信料につき、弁済をしたり、支払指定書へ記載をしたりした場合、これを後から争うことのハードルは相当程度高いものといえそうです。