ビジネス実務法務入門連載、今回のテーマは目的物の「所有権の移転と引渡時期」についてです。

所有権の移転時期

AさんとBさんとが、Aさんが作成した家具について、売買契約を締結したとしましょう。

AさんがBさんに対して、ある家具1個を1万円で売るという契約です。AさんとBさんは、〇年〇月〇日に、Bさんが3日後にお金を払う、という合意をしたとします。

この場合、その家具の所有権は、いつAさんからBさんに移転するでしょうか。

民法における原則

この点、こうした契約の場合、日常的な感覚だと、Bさんがお金をきちんと払うまで、家具の所有権を有しているのはAさんのままで、お金が支払われた時点をもって所有権がBさんに移る、と考えがちです。

しかし、民法はこうした考え方をとっていません。

民法176条をご参照ください。同条に関する通説的理解によれば、動産や不動産の所有権は、売買契約が成立した時点において移転することになります。

先ほどの例では、〇年〇月〇日の合意が成立した時点において、所有権が移転することとなるのです。

民法176条
物権の設定及び移転は、当事者の意思表示のみによって、その効力を生ずる。

では、約束通りBさんがお金を払わなかった場合はどうでしょうか。

この場合、上記合意の時点で、家具の所有権はいったんAさんからBさんに移転しますが、Aさんは、裁判などで売買代金を請求することもできますし、債務不履行を理由に売買契約を解除して、家具の所有権を取り戻すこともできます。

契約や約款で移転時期を定めることもしばしば

上記の通り、民法は、売買契約の合意などの成立時点で、目的物の所有権が移転することを原則としています。

もっとも、このような原則は、日常的・ビジネス的感覚に沿いません。Aさん側からすれば、お金を払ってもらえない段階ですでに所有権が移転している、というのは納得いかないでしょうし、Bさんの立場からしても、お金もまだ払ってないのに、家具の所有権がすでに自分にあるんだ、と考えるのは日常感覚に沿いません。

そこで、売買契約などを締結する際、実務では、所有権の移転時期を契約内容として特に定める、ということがしばしば行われます。

たとえば、先ほどの例において、 「〇年〇月〇日に、Bさんが3日後にお金を払う」という契約にたとえば次のような特約を付加するわけです。

①「家具の所有権はBが代金の支払いを完了したときに移転する」

こうした特約を付すことによって、代金支払い完了時まで所有権の移転時期を遅らせることができます。

目的物の引渡時期(売買契約の債務の履行時期)

目的物の所有権移転時期と似て非なる問題が、目的物の引渡し時期です。引き渡し時期というのは、目的物を現に相手に交付する、などの時期をさします。

引渡し時期は合意で定めることが多い

先ほどの例と同様、AさんとBさんは、〇年〇月〇日に、Bさんが3日後にお金を払う、家具の引き渡し時期も3日後に行うという合意をしたとします。

そして、所有権の移転時期について特約がないとすれば、上記の通り、所有権はその合意の時点でBさんに移転します。

もっとも、ここでは、Aさんが実際の家具の引き渡し時期につき、3日後と定めています。この合意により、Aさんは3日後までに家具をBさんに引き渡さなければなりません。

なお、この3日間の期間の状態は、所有権自体は合意の時点でBさんに移転しているものの、Aさんが家具の引き渡しを猶予されている期間、ということになります。

なお、実際のビジネスでは、特にその場で商品を引き渡せないような売買契約において、上記のAB間の契約のように、目的物の引き渡し時期を当事者間で定めることがしばしばあります。

これにより、売主が履行の期間を猶予を得ることができるのです。

合意・商慣習がない場合

なお、契約に際して、当事者が引き渡し時期を特に定められておらず、ビジネス慣習においても引き渡し時期が定まらない場合、引き渡し時期はいつになるのでしょうか。

この場合につき参考となるのが民法412条3項です。この規定は、債務の履行について期限を定めなかったときは、債務者は履行の請求を受けた時から遅滞の責任を負う旨規定します。

これを裏から読めば、上記のような場合、買主が履行の請求をした時、つまり目的物の引き渡しを請求した時期が、売主が目的物を引き渡す時期ということになります。

民法412条3項
債務の履行について期限を定めなかったときは、債務者は、履行の請求を受けた時から遅滞の責任を負う。