インターネットで誰もが情報発信をできるようになり,情報収集の自由が広がった一方で,匿名で誹謗中傷を行うことも可能になり,簡単に人を傷つけることができる社会になりました。
これまでは,ネット社会の匿名性の高さから,誹謗中傷で傷つけられたとしても,実際には泣き寝入りで終わることがほとんどでした。
しかし,最近では,芸能界で,春名風花さんや,川崎希さんが発信者情報開示請求をしたことがニュースとなり,誹謗中傷された側からも取り得る手段があることが知られつつあります。
では,匿名掲示板での書き込みの削除を請求することや,書き込みを行った者を明らかにすることは,誰でもできるのでしょうか。
具体的・現実的に,ネット上の誹謗中傷等に対し,どのような手段を取り得るのかを以下検討します。
当該情報の削除請求
削除請求をするには,どのような手段があるでしょうか。裁判外での手段,裁判所の手続きを利用する手段について検討します。
⑴ 裁判外での請求
インターネット上の情報発信によって何らかの権利が侵害されている場合,まずは,当該情報を削除し,権利侵害をしている情報を取り除くことが必要です。
ブログのように,発信者がすでに特定されている場合は,当該ブログの執筆者に連絡フォームやメール等から削除請求を行うことになります。
クチコミサイトや掲示板のように,不特定多数者が投稿を行えるウェブサイトの場合,単に投稿をしただけの個人は,投稿の削除をすることができないのが通常です。
この場合,当該ウェブサイトの管理者やウェブサイトが設置されているサーバーの管理者が削除権限を有しているため,サイトの問い合わせフォーム等から,それらの管理者に対し削除請求を行うことになります。
問い合わせフォームやメール等での削除請求は,それほど難しいことはありませんので,まずは,ご自分でウェブサイト管理者等に削除請求をしてみることが考えられます。
しかしながら,ウェブサイト管理者やサーバー管理者は,情報発信により権利を侵害された者(仮に,「被害者」と表現します。)の立場だけではなく,情報を発信した者の表現の自由にも配慮すべき立場にあります。
現に,プロバイダ責任制限法という法律は,プロバイダが削除を行った場合,当該情報の発信者に対して損害賠償責任が生じることがあると規定しており,違法性が明確でない場合は,プロバイダとしては削除に応じるのが難しいのが現状です(プロバイダ責任制限法3条2項参照)。
⑵ サイト管理者等に対する仮処分
裁判外で請求を行っても,相手方プロバイダ等が削除請求に応じてくれず,望ましい結果を得られなかった場合は,裁判手続きを利用せざるを得ません。
通常の訴訟(本案訴訟)では短くても数か月の期間を要するため,訴訟ではなく民事保全法の仮処分手続を利用するのが迅速です。
しかし,裁判手続きを利用する以上,いくつかの問題点が生じます。
ア 裁判管轄
どこの裁判所で手続きを行うべきでしょうか(裁判管轄)。
(ア)国内法人を相手とする場合
削除請求は,「不法行為に関する訴え」(民事訴訟法5条9号)と考えられるため,「不法行為があった地」にも裁判管轄が認められます。
不法行為があった地とは,加害行為地と被害結果発生地の両方を含むと解されています。なので,発信情報によって権利侵害された,削除請求者の住所地にも裁判管轄が認められます。被害者である削除請求者の住所地を管轄する裁判所に申立てを行うことができるので,この点では削除請求者の負担は少ないと言えます。
(イ)国外法人を相手とする場合
国外法人を相手に裁判をする場合,日本の裁判所で審理できるかという国際裁判管轄が問題となります。
日本国内に主たる支店や営業所を有するか,主たる業務担当者が日本国内に住所を有する場合は,民事訴訟法3条の2第3項により日本の裁判管轄が認められます。
しかし,インターネット上でグローバルにビジネスを展開することが可能となっている現在,必ずしも日本に営業拠点等を置かなくてもインターネトビジネスを運営することが可能です。
その場合であっても,日本語版のウェブサイトを用意し,日本人向けにサービスを提供している企業であれば,「日本において事業を行う者」とみなされるため,民事訴訟法3条の3第5号により,日本の裁判管轄が認められます。
イ 誰を相手とするか
削除請求の仮処分を行うとき,誰を相手方として裁判所への申立てを行うかが問題となります。
ブログなどであれば,記事を公開している発信者自身が内容を削除することができるので,発信者自身を相手とすべきであることは明らかです。
問題となるのは,匿名掲示板のようなケースです。その場合,誹謗中傷にあたる投稿を行ったのは,掲示板を利用している一般ユーザーであり,そのような一般ユーザーには,投稿の削除や修正の権限はありません。
そこで,そのようなウエブサイトの場合,削除する権限は,ウエブサイトの管理者やウエブサイトが設置されているサーバーの管理者が有しているので,ウエブサイトの管理者やウエブサイトが設置されているサーバーの管理者を相手にすることになります。
とはいえ,実際には,匿名掲示板等の場合,海外のサーバーを利用しているケースもあり,ウエブサイトの管理者を明らかにすること自体が非常に困難なことがあります。
他方,サーバー管理者は,ウエブサイトのドメインから検索をすることができるので(whois検索),サーバー管理者自体を調べることはそこまで困難ではないといえます。
しかしながら,ウエブサイトが海外のサーバーに設置されている場合,かかる海外サーバーを相手に日本国内で仮処分を行い,申立てが認められたとしても,実効性があるかどうかは疑問であるといえます。
発信者情報開示請求,発信者に対する損害賠償請求
削除請求を行うことによって,権利侵害をしている情報そのものを取り除くことはできます。しかし,それだけでは,誰がかかる権利侵害を行ったのかを明らかにし,権利侵害を行った当事者に対し,責任追及をすることはできません。
そこで,まずは,①サーバーの管理者に対して,情報の発信に使用されたIPアドレスの記録の開示請求を行い,これが明らかになったら,その情報をもとに,②アクセスプロバイダに対し,IPアドレスが割り当てられた際の記録の開示請求を行い,プロバイダと契約をしていた者の情報を取得することになります。
このように,発信者の特定を行うには,原則として,2回の情報開示請求が必要となります。かかる手続きをへてようやく,誹謗中傷にあたる書き込みをした者を明らかにすることができ,誹謗中傷をした者に対し,損害賠償請求などの民事的な請求をしていくことになります。
個人的感想(まとめにかえて)
これまで述べた手続きにより,理論的には,削除請求や,発信者情報を明らかにすることが可能です。
ただし,これらの請求が認められるまでには,①誰を相手とするか,相手方を明らかにするためにネットの匿名性と戦うという現実的な問題があり,これがクリアできたとしても,②裁判所によって,法的に権利侵害が認められなければ請求がみとめられないという法的問題があり,そして,③仮処分を行うには,担保金を準備しなければならない場合があり,弁護士費用の他にかかる担保金を準備できるかという経済的問題があります。
やはり,ネット上の誹謗中傷に対応するのは,未だに簡単なことではないというのが個人的な感想です。
しかしながら,ネット上の誹謗中傷で深く傷つくことがあるのは事実です。困難であっても,対応したいという思いがある場合には,一度弁護士にご相談ください。