交通事故が発生したとき、当事者がその場で、修理費用は全部もつ、全て支払う、と約束するケースがあります。

こちらが悪い、あなたの修理費用は全部支払うなどと口頭で合意してしまうようなケースです。

こうした事故現場における全賠約束は、有効でしょうか。

全賠約束とは(全て賠償するという合意)

全賠約束とは、交通事故などによって相手に損害を与えた場合に、その損害のすべてを賠償する合意を言います。

全賠約束の対象は、修理費などの物的な損害のほか、けがの治療費などの人身損害も含み得ます。

私法上、種々の理解があるようですが、和解契約の一つと考えるのが素直だと思われます。

全賠約束の特徴

全賠約束は、交通事故が発生した直後やその数日後に当事者が話し合ってなされるケースが少なくありません。

立証の困難性

まず、当事者間が口約束でした全賠約束は、これを書面化して証拠として残している、というケースが少なく、後になって、「言った」「言わない」の水掛け論に陥りがちです。

この場合、全賠約束がなされたと主張する側が、その事実を証明しなければならないのですが、実際上、そのような証明には困難を伴います。

全賠約束の効力についても争われやすい。
また、全賠約束の事実自体が立証されたとしても、全賠約束の効力が争われることも多々あります。

たとえば事故直後に全賠約束がなされる場合、その時点においては、修理費や治療費などすべての損害が当事者に明らかなとなっていない場合がほとんどです。

また、事故直後には、事故の状況や態様が明らかになっていないことも多く、さらに、その評価についても定まっていないことも往々にしてあります。

これらの事情から、全賠約束(特に、事故直後に合意がなされた場合)は、後になって、全部支払うと述べた側がその合意は無効だ、と争いたくなることの多い合意と言えます。

全賠約束の効力

では、上記のような全賠合意は有効でしょうか。

この点については、合意の不成立や民法における錯誤を理由に、全賠合意の効力が否定される場合があります。

他方で、ケースによっては、全賠合意の効力が肯定される場合も観念できます。

結局、当事者間でなされた全賠約束が有効か否かは、全賠合意がなされた経緯や、合意内容と法的に見通される解決内容の差等に照らして、個別的に判断することになります。

交通事故など、損害賠償をめぐってトラブルが生じた場合には、一度、弁護士にご相談されてみてください。

補足 事故直後の謝罪

全賠約束とまではいかなくても、事故直後に「私が悪い」「申し訳ありません」と事故の一方が相手に謝罪がなされることがあります。

こうした謝罪に過失の加算事由としての重みづけ(これが極端になる場合には全賠約束としての意味付けとなる)ができるでしょうか。

交通事故が発生した場合、日本では、過失割合はともかくも、ひとまずは謝るという行為がしばしばなされます。

また、その謝罪には、一般的な過失割合を訂正しようとする意識までないのが通常です。

そのため、当事者が事故の現場などで謝罪をしたからといって、その事実をもって、過失評価にはつながりません。

それゆえ、事故現場でなされる謝罪は、多くの場合、過失割合の判断に影響を与えるものではないといえます。

過失割合の判断は、道路形状や事故の態様等から判断されるのが本則で、裁判で、「相手が謝罪をした!」などと主張しても、裁判官から一蹴されるケースがほとんどです。