ビジネス実務法務入門連載、今回のテーマは、意思能力と権利能力です。
人は、権利義務の主体となりうる地位を有していますが、契約を有効に成立させるには、それだけでは足りず、民法上、契約時に、意思能力と行為能力という能力が備わっていることが必要とされます。
意思能力について
意思能力というのは、自分の行為の結果を弁識し、判断できる精神的な能力をいいます。
より端的に言えば、正常な意思決定をする能力です。
たとえば、普通の3歳の幼児は、自らの行為の結果を認識し、その結果を受け入れるか否か、という判断をすることはできません。
普通の3歳の幼児においては、仮に「自分が何をしているか」までは理解していたとしても、その行為によって生じうる結果を認識し、その結果を受け入れる、といったことまで判断して、行動をしているわけではありません。
したがって、普通の3歳の幼児は、意思能力を有しません。そして、民法上、意思能力を有していない者が行った契約などの法律行為は、無効(その意味については後述)と扱われます。
法律行為の当事者が意思表示をした時に意思能力を有しなかったときは、その法律行為は、無効とする。
意思能力を有しない者
ある人が、意思能力を有するか否かは、法律行為が行われた時点における当事者の精神能力に応じて判断されます。
個々人の精神的能力によって判断が異なりますので、一般化は難しいところですが、類型的・教科書的には、次のような例の者が意思能力を有しない者と扱われています。
・未就学児(小学校入学前程度の子供)
・重度の精神障がい者
・泥酔者
意思能力を欠く場合における「無効」の意味
上記の通り、意思能力を欠く場合における法律行為は「無効」です。ただ、ここでいう「無効」というのは通常の意味と異なります。
通常の意味における「無効」
まず、通常の意味における「無効」というのは、誰から見ても、その法律行為には効果がない、という意味であり、この場合、誰しもが、当該法律行為が「無効」であることを主張できます。
たとえば、日本において、人身売買を内容とする契約については、誰しもがその無効を主張できます。
これは公序良俗に反するからです。
意思能力を欠く場合の無効
これに対し、意思能力を欠く故にある法律行為が無効という場合、無効を主張できるのは、意思能力を欠いていた者(ないしその法定代理人等)に限られると考えられています。
民法が、意思能力を欠く者の行為を無効とする趣旨は、意思無能力者を保護する点にあるところ、この趣旨は、意思無能力者ないしその法定代理人等が無効の主張をできれば達成できる、と考えられるからです。
たとえば、泥酔によって意思能力を欠く者が、意思能力を有する者とある契約をしたとします。この場合、泥酔して契約をした者は、当然、契約の無効を主張できます。
しかし、他方で、当該契約時において、意思能力を有していた者の方から、「あなたはあの時泥酔していたから、この契約は無効である」と主張することはできません。
意思無能力者による行為を無効とする趣旨に照らせば、相手方から無効の主張をすることを許す理由はないからです。
行為能力について
意思能力と似て非なる概念に、「行為能力」があります。
行為能力とは
行為能力とは、単独で確定的に有効な法律行為を行う能力のことを言います。
言い方をかえれば、行為能力を欠く者が単独で行った行為は、「確定的に有効」とは言えない、ということになります。
このことの意味は、行為能力を欠く者が単独で行った行為は、後になって取り消され得る、という意味です。
行為能力の制限によって取り消すことができる行為は、制限行為能力者又はその代理人、承継人若しくは同意をすることができる者に限り、取り消すことができる。
制限行為能力者
意思能力を有する者は、通常、行為能力も有しています。ただ、行為能力は、民法の規定ないし裁判所の判断によって制限されることがあります。
そして、民法の規定ないし裁判所の判断によって行為能力を制限された者を制限行為能力者と呼びます。
民法が規定する制限行為能力者は次の通りです。
・未成年者
・成年被後見人
・被保佐人
・被補助人
上記の内、未成年者は、民法により当然に行為能力が制限されています。
他方で、成年被後見人や被保佐人、または、単独で一定の法律行為を行うことを制限された被補助人は、裁判所の審判により、行為能力が制限される者です。
制限行為能力者それぞれの違いについては、次の機会に、あらためて説明します。