AIスピーカーによるショッピングと民法AIスピーカーが日本で発売されてしばらく経ちました。

私の周りにはAIスピーカーを持っているという人は殆どいなかったのですが、先日、AIスピーカーを使っているという方とお会いし話を伺うと、スケジュールの管理の補助や、また、CMなどで見るような通販によるショッピングを行っているとのこと。

今日は、このAIスピーカーによるショッピングに関する想定問題について。

法律事務所の実務として、具体的な相談があるわけではありませんが、考えてみると、ちょっとした法律的な思考のトレーニングになります。

AIスピーカー通販に関する想定問題

今日想定する問題は次の2つ。現実に生じるトラブルか否かは一旦措いておいて、ちょっと検討してみましょう。

<想定ケース>
①人間同士の会話をAIスピーカーが拾ってしまい、意図することなく発注してしまったケース。
②商品を言い間違えてしまったケース。



なお、ITやAIについて、法律上の整備はまだまだ進んでいません。

法律の一般規定の内外に、ITに関わる特別規定を設けるような形での法整備等が進みつつありますが、いまだ多くの問題について特別な手当てはなく、その問題解決は、従来の法律の基本的な枠組みを元に思考していくことになります。

①のケースについて(購入する意思が無かった場合)

前置きが長くなりましたが、まず上記の①人間同士の会話をAIスピーカーが拾ってしまい、意図することなく発注してしまったケースについて検討してみます。

民法という私人と私人との関係を規律するもっとも基本的な法律によれば、法律契約が成立するためには、当事者間の合意が必要になります。そして、ここでいう当事者間の合意は、契約の「申込」と「承諾」からなります。

この枠組みで検討すると、通常、AIスピーカーを介した通販は、ユーザーがAIスピーカーを介して契約の「申込」を行い、AIスピーカーへの申込情報が、サーバーを介して企業に伝わり、企業がユーザーの申し込みを「承諾」する返事をすることで契約が成立するものと思われます。

一方、ケース①のように、人間同士間で行われた「商品Aを注文しといて」という言葉をAIスピーカーが拾ってしまった場合はどうでしょうか。

この場合、人間の言葉は、事業者に向けられたものではありません。すなわち、その言葉は事業者(AIスピーカー)に対する申込ではありません。

そうすると、仮に、AIスピーカー側が拾った会話に対して、事業者側がこれに承諾の返事をしたとしても、契約は成立しないこととなります。

そのため、ケース①の例の事実のもとでは、契約は不成立になります。

もう一歩前へ
ただ、上記の様に理解すると、AIに対しての発言なのか、人間同士の会話にすぎないのか、という事実の差で契約の成否が決まります。

そのため、裁判になると、「商品Aを注文しといて」という言葉がAIスピーカーに向けられたものなのか、人間に向けられたものなのかが、重要な証明課題となりそうです。

この点に関し、ちょっと調べてみたところ、現在発売されているAIスピーカーの仕様は、①のような誤発注を防止するため、注文前後にてその確認を行う仕様が採られているようです。

そうすると、AIスピーカーの音声把握・認識能力にも左右されますが、AIスピーカー側が申込情報を確定させた段階で、AIスピーカーに向けての申込だったという事実上の推定が働き、ユーザー側がここで負けてしまう可能性も高いのではないかと思われます。


②商品を言い間違えてしまったケース

次に注文するつもりはあったが、②商品を言い間違えてしまったケースについてです。商品A①が欲しかったところ、商品A②と注文してしまった場合。

人間同士の取引において、商品の言い間違え・書き間違えによる取引が有効か否かは「錯誤」という仕組みについて定めた民法95条によって判断されます。

AIスピーカーに対する言い間違えも、この95条によって処理されることになると思われます(現時点において、映像を介さない電子商取引につき、電子契約法による民法95条の但書きの排除はない)。

民法95条
意思表示は、法律行為の要素に錯誤があったときは、無効とする。ただし、表意者に重大な過失があったときは、表意者は、自らその無効を主張することができない。

<通常の言い間違えの場合>
売買契約において、対象となる商品が何かは、同契約における重要な要素ですから、商品を言い間違えた、あるいか書き間違えた場合、この民法95条本文の適用により、原則として、契約(厳密には意思表示)は無効になります。

もっとも、言い間違えや書き間違えについて、重大な過失がある場合には、民法95条の但書きが適用され、契約は有効となります。

<AIスピーカーの場合>
そして、AIスピーカーを通した取引において、言い間違えにより、発注・受注がなされた場合にも、まず原則として、民法95条本文により契約は無効とされそうです。

しかし、通常の言い間違えの場合と同様、AIスピーカーのケースでも、民法95条但書きの「重大な過失」があると言えるか否かが争点になることが考えられます。

そして、重大な過失の有無を巡る争点についても、AIスピーカー側の受発注における確認に関する仕様によって大きく結論が左右されると思われます。

言い間違えは、日常的に起こりうるものですから、仮に、AIスピーカー側が何らの確認の機会も設けていない場合には、重大な過失は否定されるでしょう。

しかし、現在のAIスピーカーの仕様によれば、受発注の前後を通じて、受発注の内容や発注の確定を確認する手当・仕様が採られているようです。メールやアプリでの申し込み確認などの手配もあるようです。

これらの手当て・仕様が取られていることからすれば、言い間違えとの認定を受けつつ、重過失が否定されるケースは、かなり限定的になるのではないかと思われます。