施設入所中の高齢者の方が遭遇しやすいトラブルの一つに「介護事故」があります。

たとえば、老人ホームなどの介護施設において、職員が介護中に被介護者たる高齢者の方が転倒した、誤嚥したなどの事例が典型例です。

介護事故と言っても、その種類や程度はさまざまですが、時に被介護者の生命にも危険が及ぶ重大な事故が発生することもあります。

高齢化率の高い北九州市では、この介護事故の防止への取り組みは喫緊の課題です。

介護事故の責任

介護事故が発生した場合、施設側が法的な責任を負うことが少なくありません。介護施設が負う法的な責任は大きく次の3つに分けることが可能です。

① 刑事的責任
② 行政上の責任
③ 民事的責任

その他、法的な責任ではありませんが、事故が頻発したり、重大な事故が起きたりした場合、介護施設は、社会的な責任(評価の下落など)も問われ得ます。

民事的責任について

上記各種の責任に関し、被介護者の被害の直接的回復につながるのが民事的責任です。

たとえば、介護事故によって生じた怪我の治療費や精神的苦痛を慰謝するための慰謝料等が民事的責任の対象です。

不法行為責任と債務不履行責任

介護事故に関し、介護施設が問われる民事的責任は、①不法行為責任と②債務不履行責任の二つです。

不法行為責任

不法行為責任というのは、故意又は過失による行為によって他人に損害を与えた場合に問われる責任です。

介護施設職員などが通常要求される注意を怠ったために介護事故を発生させた場合、過失有りとして、その責任が問われるわけです。

なお、ある企業の従業員がその業務を行うに際して、不法行為を行った場合、その従業員を使用していた企業も、使用者責任という責任を負います。

すなわち、介護施設を経営する企業が雇用していた従業員が介護に際して不法行為により介護事故を発生させた場合、原則、その企業は、使用者責任という責任に基づき、被害者たる被介護者に対して損害賠償をしなければならないということになります。

実際、介護事故により不法行為責任が追及される場合、介護事故を起こした従業員ではなく、当該従業員を使用していた企業が責任を問われることが非常に多くなっています。

債務不履行責任

介護事故に際して、介護施設が負いうる民事的責任のもう一つが債務不履行責任です。

債務不履行責任というのは、契約関係にある一方当事者が契約上の義務を守らなかったことにより、もう一方の当事者に損害を与えた場合に、その損害を賠償しなければならない、という責任です。

たとえば有料老人ホームに入居する被介護者と介護施設との間には、入居・介護に関する契約が締結されています。

そして、通常、介護契約が締結された場合、介護施設側は契約上の義務として、被介護者の安全に配慮する義務を負います。

この義務を怠ったために介護事故が生じた場合、介護施設を経営する企業は、債務不履行責任に基づいて、被介護者に生じた責任を負います。

介護施設等に求められる義務違反が責任の原因

もちろん、事故が生じたからと言って、介護施設等が常に責任を負う訳ではありません。

不法行為責任・債務不履行責任であれ、介護施設側が責任を問われるのは、介護施設側に一定の注意義務・安全配慮義務(あるいは従業員への監督義務)違反が認められる場合であり、不可抗力によって生じた事故について、介護施設側がこれらの法律上の責任を負うことはありません。

介護施設側が責任を負う理由は、おおざっぱに言えば、法的に要求される注意義務等に介護施設側が違反した点に求められます。

民事的責任の賠償の範囲

介護施設等が介護事故につき、民事的責任を負う場合、当該介護事故によって被介護者に発生した損害を介護施設側が賠償する責任を負います。

たとえば、転倒事故によって怪我をさせてしまった、と言うような場合には、次のような損害が、賠償の対象となる損害の典型例です。

① 治療費
② 入通院交通費
③ 慰謝料

その他、事故後、後遺障害が残ってしまったような場合には、別途、後遺障害に関する慰謝料も対象となり得ます。

なお、交通事故事案では、交通事故によって仕事を休まざるを得なかったことにより生じた休業損害や、将来仕事によって得られたはずの利益が後遺症によって得られなくなってしまったことによる逸失利益がしばしば賠償の対象になります。

そして、介護事故に際しても就労による収入が現実的・具体的に観念できればこれらの損害も対象となり得ます。

ただ、介護事故の場合、事故前の段階において被介護者が就労により収入を得ているケースは例外的です。また、裁判所も、被介護者が就労等による収入を得ていない場合、休業損害や逸失利益を認めるのに否定的です。

そのため、休業損害や逸失利益が賠償の対象となるのはまれなケースに留まります。

介護事故のトラブルに遭ったら

介護事故を巡るトラブルを解決するためには、上記のとおり介護施設側の注意義務違反の有無等を判断しなければなりません、

そして、民事責任の有無判断や損害の適正算定のためには、事実や証拠の評価、裁判例の検討などを踏まえた法的判断・知見が不可欠です。

介護事故を巡るトラブルにお悩みの場合には、是非一度、弁護士にご相談ください。