労働基準法は、労働者の労働条件に関し、種々の規制を設け、労働者の保護を図っています。
ある業務に従事する者が、労働基準法上の保護を受けるためには、この労働基準法に定められた「労働者」に該当すると言えることが必要です。
そして、労働基準法の適用を巡り、当該業務従事者が労働基準法が定める「労働者」に該当すると言えるか否かが、時に大きな争点となることがあります。
労働基準法上の労働者
労働契約法第9条は、労働基準法上の労働者について、次のように規定しています。
この法律で「労働者」とは、職業の種類を問わず、事業又は事務所(以下「事業」という。)に 使用される者で、賃金を支払われる者をいう。
上記労働基準法第9条の規定を大きく二つに分けると、労働者と言えるためには、①事業に使用される者であること、②賃金を支払われる者であることが必要です。
そして、一般に、①「事業に使用される」というのは、「使用者の指揮命令を受けて働いている」ということを意味します。
また、②「賃金を支払われる」というのは、「労働の対価として報酬を得ている」ということを意味します。
つまり、労働者というのは、①使用者の指揮命令を受けて働き、②その労働の対価として報酬を得ている者を指すということになります。
契約書上、形式的に「雇用契約」又は「労働契約」等と記載されていても、①又は②のいずれかの条件を欠く場合、労働基準法上の労働者には該当せず、労働基準法の「労働者」に対する保護は与えられないということになります。
一方で、契約書上、「雇用契約」又は「労働契約」等と記載されていなくても、いても①及び②の条件が満たされていれば、労務を提供する者は、労働基準法の労働者に該当します。
1985年労働基準法研究会報告
上記の様に、労働者性は、①使用者の指揮命令を受けて働き、②その労働の対価として報酬を得ている者と言えるか否かにより判断します。
もっとも、これだけでは、結局どのような事情・要素をもとに判断すればよいのか、自明ではありません。
この点に関して参考とされるのか、1985年労働基準法研究会報告です。
同報告では、①及び②の点について、次のような事情・要素を勘案して労働者性を判断する必要があるとしています。
①「使用者の指揮命令を受けて働いている」と言えるか否か
同報告書は、使用者の指揮命令を受けて働いていることを「指揮監督下の労働」と表現しています。
そして指揮監督下の労働であるか否かは、次の各点を考慮して判断されるとしています。
<考慮要素>
・仕事の依頼、業務従事の指示等に対する諾否の自由の有無
・業務遂行上の指揮監督の有無
・(勤務場所・勤務時間)の拘束性の有無
・代替性の有無-指揮監督関係の判断を補強する要素-
②「その労働の対価として報酬を得ている」と言えるか否か
同報告書は、「その労働の対価として報酬を得ている」と言えるか否かにつき、労働提供の「時間」に応じて報酬額が決まるか否かを判断するとの趣旨を述べています。
報告書から直接引用すれば、「報酬の性格が使用者の指揮監督の下に一定時間労務を提供していることに対する対価」であるか否かが、報酬の労働の対償性を判断するための重要なポイントになります。
そして、同報告書によれば、当該判断に際しては、具体例として、次のような点が考慮されるといています。いずれも労働提供の「時間」に応じて報酬が決まるか否かという点に関わるものです。
<考慮要素の具体例>
・報酬が時間給を基礎として計算される等、労働の結果による較差が少ないか否か
・欠勤した場合には応分の報酬が控除されるか否か
・いわゆる残業をした場合には通常の報酬とは別の手当が支給されるか否か
「労働者性」の判断を補強する要素
さらに、同報告書は、上記①及び②判断のための補強的要素として、次のような点も考慮するとしています。
<補強的要素>
・(労務提供者の)事業者性の有無
・機械、器具の負担関係
・報酬の額
・その他(業務遂行上の損害に対する責任の所在・独自の商号使用の有無等)
当該報告書によれば、労基法上の労働者に当たるか否かは、契約書の記載などから直ちに定まるものではなく、①使用者の指揮命令を受けて働き、②その労働の対価として報酬を得ている者と言えるか否かを、上記の様な諸要素を勘案して、総合的に判断することになります。
最高裁平成8年11月28日判決
最後に、労基法上の労働者性が争われた最高裁平成8年11月28日判決を挙げておきます。
この判決の事案は、労働者に該当すると主張するトラック運転手が、次のような事情に基づき、自らは労基法上の労働者に該当する旨、主張した事案です。
・専属的に事業者の製品の運送業務に携わっており、同社の運送係の指示を拒否する自由はなかったこと
・毎日の始業時刻及び終業時刻は、右運送係の指示内容のいかんによって事実上決定されること
・運賃表に定められた運賃が、トラック協会が定める運賃表による運送料よりも一割五分低い額とされていたこと
これに対して、最高裁は後述のような事情を挙げた上、報酬の支払方法、公租公課の負担等についてみても、上告人が労働基準法上の労働者に該当すると解するのを相当とする事情はないとして、当該トラック運転手の労働者性を否定しました。
上記の報告書に挙げられた要素が判断過程に取り込まれているとも評価しえる判決です。
・当該トラック運転手は、業務用機材であるトラックを所有し、自己の危険と計算の下に運送業務に従事していたものである。
・事業者は、運送という業務の性質上当然に必要とされる運送物品、運送先及び納入時刻の指示をしていた以外には、当該トラック運転手の業務の遂行に関し、特段の指揮監督を行っていたとはいえない。
・トラック運転手に対する時間的、場所的な拘束の程度も、一般の従業員と比較してはるかに緩やかである