今回は、遺産の使い込みと消滅時効についてです。
遺産の使い込みと相続人の請求権
遺産の使い込みがなされた場合、ほかの相続人らは、使い込みを行った者に対し、自己の相続分に応じて、これを支払えと請求することができます。
生前の使い込みと消滅時効
生前の使い込みについては、たとえば、被相続人と同居していた者が、被相続人の同意なく、預貯金などを使い込んだ、というケースがあげられます。
この場合、被相続人は、生前、不法行為に基づく損害賠償請求権という権利や不当利得返還請求権という権利に基づいて、使い込みを行った者に対して、これを返せ、と請求できます。
この請求がないまま、被相続人が他界した場合、相続人らは、被相続人の上記の権利を承継しますので、これに基づいて、使い込みを行った者に対して、使い込んだ分を返還せよと請求していくことになります。
不法行為責任に基づく損害賠償請求について
上記の場合において、不法行為による損害賠償の請求権は、被相続人または相続人らが損害及び加害者を知った時から3年間行使しないときは時効で消滅します。また、不法行為の時から20年間行使しないときも時効で消滅します。
したがって、たとえば、被相続人が、使い込みの事実を知った後、3年間が経過すると、相手方が時効を主張する限り、不法行為責任を問うことは難しくなります。使い込みがあったときから20年がたった場合も同様です。
なお、被相続人が、生前、使い込みを知っていた、という場合、被相続人が認識した時点が3年の期間計算の起点となります。ほかの相続人が知った時、ではないので注意が必要です。
また、生前、使い込みが発覚したのが、被相続人の他界後であり、相続人が気が付いた、という場合、相続人ごとに、相続人が認識した時点期間計算の起点となります。
不法行為による損害賠償の請求権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する。
①被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から3年間行使しないとき。
②不法行為の時から20年間行使しないとき。
不当利得返還請求権について
また、不当利得返還請求権についても時効の制度が定められており、権利を行使できることを知った時から5年または権利を行使できるときから10年間です。
たとえば5年間の短期の時効については、被相続人が他界前に気が付いていた場合にはその時点を起算点とし、被相続人は気が付いておらず、相続人が気が付いたという場合には、その認識の時点からカウントしします。
他方で10年の期間については、使い込みがあった時点から、消滅時効が進行します。
債権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する。
債権者が権利を行使することができることを知った時から5年間行使しないとき。
権利を行使することができる時から10年間行使しないとき。
消滅時効の起算点はそれぞれ確認する
1回限りの使い込みがあった場合、消滅時効については上記のような整理で足りますが、複数回使い込みがあった場合はどうでしょうか。
預貯金ごとに考えると
たとえば、被相続人と同居していた者が、最初にA銀行の預貯金につき使い込みを行い、その後、B銀行の使い込みを行った、被相続人は、B銀行の預貯金に対する使い込みに最初に気が付いて、その1年後、A銀行の使い込みに気が付いた、こうしたケースを想定してみます。
ここでは不当利得返還請求権の起算点を検討しますが、不法行為についても基本的な考え方は同じです。
短期の消滅時効について
不当利得返還請求権の短期の時効である「5年間」は、「権利を行使できることを知った時」からカウントします。また、長期の時効である「10年間」は、使い込みがあったときからカウントします。
5年間の短期の時効についてみると、被相続人は、B銀行の使い込みに先に気が付いています。B銀行の使い込みについて、短期の消滅時効が進行するのはこの時点からです。そして、被相続人はその1年後にA銀行につき、使い込みに気が付いていますので、A銀行について、短期の消滅時効が進行するのはこの時点からとなります
使い込み自体は、A銀行のほうが先になされていますが、短期の消滅時効は、B銀行のほうが先に完成するわけです。
長期の消滅時効について
他方で、長期の消滅時効についてはどうでしょうか。
長期の消滅時効は、被相続人などの認識にかかわらず、それぞれ使い込みのときからカウントしますので、長期10年の消滅時効はA銀行のほうが先に完成します。
使い込みごとに考える
上記は思考の整理のため、預貯金ごとに使い込みにつき、消滅時効の起算点を確認しましたが、実際のケースでは、使い込みは、一つの口座から複数回、行われるということが多いです。
たとえば、最初に100万円が使い込まれ、1か月後にまた100万円が使い込まれたという場合、長期10年の消滅時効は、各使い込みがあった日を基準にカウントします。
また、多くの場合、「同時に知る」ということが多いと思いますが、短期の消滅時効もそ「使い込み」につき、それぞれ当該事実を知った日を基準にカウントすることになります。