詐欺・強迫を原因とする相続放棄の取消

強迫・詐欺による相続放棄は取り消せる!?

今回は、誰かに強迫・脅迫されて相続放棄した場合や、誰かに騙されて相続放棄をしてしまった場合(詐欺の場合)について、後になってこれを取り消せるか、という点を解説します。

なお、錯誤のケースについては次の記事を参考にしていただけますと幸いです。

参考:相続放棄の取り消しは可能?錯誤/勘違いの場合

詐欺・強迫によって相続放棄がなされた場合

まず、詐欺と強迫とは何か、と言う点についてです。

相続放棄に関する詐欺

詐欺というのは、極端的に言えば、誰かに嘘をつくことです。

そして、その嘘を信じ、これが原因で相続放棄をしてしまったという場合、詐欺による取り消しが認められるか、と言う点が問題になります。

たとえば、相続人Aさんが、共同相続人のBさんに対して、被相続人の遺産はほとんどない、他方で借金が1憶ある、おれも相続放棄するから、お前もした方が良い、などと述べ、これを信じたBさんが、相続放棄をしたとします。

しかし、後で、Aさんには多額の資産があり、他方で借金はなかったということが分かった、しかもAさんは相続放棄しておらず、現に遺産を独り占めしている、こうした状態で、相続放棄について詐欺取消が認められるか、というのがここでの問題です。

相続放棄に関する強迫

強迫と言うのは、簡単に言えば、人を脅して、意思表示をさせることを意味します。

たとえば、上記の例で、Aさんが、Bさんを散々痛めつけた後、「相続放棄しないと、お前とお前の家族、ただじゃおかないからな」などと申し向ける行為が強迫です。これが原因でBさんが現に相続放棄をしてしまった場合に、これを取り消せるか、が問題となります。

 

民法の規定

上記のような詐欺や強迫については民法96条に次のような規定があります。

第96条
1 詐欺又は強迫による意思表示は、取り消すことができる。
2 相手方に対する意思表示について第三者が詐欺を行った場合においては、相手方がその事実を知り、又は知ることができたときに限り、その意思表示を取り消すことができる。
3 前二項の規定による詐欺による意思表示の取消しは、善意でかつ過失がない第三者に対抗することができない。

この民法96条の規定は、一般的には私人間の意思表示を規律するものと理解されています。そこで、この民法96条が相続放棄にも適用できるか、議論の対象となります。

 

詐欺・強迫による相続放棄と裁判例

裁判実務は、取り消しを認める傾向にあります。

相続放棄自体は、家庭裁判所に対する行為であり、典型的な意思表示ではありませんが、裁判例には、詐欺・強迫について規定した民法96条の適用を認めた例があります。

東京高裁昭和27年7月22日決定です。この決定は次のように述べています(わかりやすいように現代語化しています。)

[判断内容]
Aは、被相続人の共同相続人となったが、自分に子供が多くその生計に余裕がなかったことから、被相続人の遺産を独占しようと企てて、真実、他の共同相続人に財産を分与する意思がないのにもかかわらず、その遺産の総額及び分与すべき財産を明示せず、他の共同相続人等に対して、「相続放棄をして、自分が遺産を単独で相続した場合、自立しうるだけの財産を必ず分与する、だから相続放棄の申述をしてほしい」と申し向け、他の共同相続人を騙し、家庭裁判所に相続放棄の申述をさせたことが認められる。
そうだとすれば、他の共同相続人の相続放棄の申述は、その真意に出でたものではあるが第三者たるAの欺罔によって、錯誤に陥り、その意思表示をなしたものというべきであるから、他の共同相続人などは、詐欺を理由としてこれが取消をなしうることはもちろんである。
この説示にしたがえば、相続放棄をした者が、詐欺や強迫を立証できれば、相続放棄は取り消しにより、相続放棄の効力を否定できることになります。

相続放棄取消の手続と効果

では、いざ相続放棄を取り消そうと思ったらどのような手続をとればよいでしょうか。弁護士が相談をうけるなかでも相続放棄を取消すという事例は極めて珍しい事例です。

相続放棄取消の申述

いざ取り消そうと思った場合には、家庭裁判所へ、取消の申述をすることとなります。

この場合において、家庭裁判所は、申述書の形式要件や、取り消しを求める申述が本人の真意に基づくものか否かなどを審査します。

なお、裁判所は形式面などに特段の問題が無ければ、これを認める傾向を示しています。

相続放棄取消申述にかかる裁判所の判断の効果

もっとも、裁判所が取り消しを認めたからと言って、これで万事解決とはいきません。

すこし理解が難しいかもしれませんが、家庭裁判所の相続放棄の取消申述の受理は、相続放棄の効力を無くす、という確定的効果を持たず、「取消の申述を受理した」(≒取消の意思表示が裁判所に届いたことを証明する)という程度の意味しかもたいないからです。

そして、たとえば、相続放棄の取り消し後、改めて相続人として遺産分割を受けようとする場合、大抵は別の訴訟を提起することが必要になります。取消の効力(相続放棄が無かったことになるか否か)は、その訴訟において、改めて実質判断されることになります。

参考:札幌高裁昭和55年7月16日決定

相続放棄取消の申述の受理は、審判ではあつても、適式な申述がされたことを公証する実質を有するものにすぎないのであつて、真に取消事由があるか否かを終局的に確定するものではない。
また、家庭裁判所が取消の申述を却下した場合には、申述者にはこれを争う方法として即時抗告しかなく、民事訴訟において取消の申述の有効、無効を争うことは不可能になるのであるが、取消事由の有無というような事項については、即時抗告による救済では不十分な場合が考えられるのであつて、申述者の権利保護に欠けることになるおそれがある。
したがって、家庭裁判所は、右申述申立審判事件においては、申述書の形式的要件のほか、申述が本人の真意に基づくものか否か、取消権が法定の期間内に行使されているか否か等について一応の審査をすることはともかくとして、真に取消事由が存在するか否かについて審理することはできないものと解するのが相当である。
>北九州の弁護士なら ひびき法律事務所

北九州の弁護士なら ひびき法律事務所

CTR IMG