相続放棄の取り消しは可能?錯誤/勘違いの場合

今回は、1回行った相続放棄に関して、錯誤があって、これを取り消せるか、という点につき、関連規定、裁判例を紹介します。

錯誤が認められる可能性がある

家庭裁判所に行った相続放棄は、これが受理されてしまうと原則として、取り消すことはできません。

他方で、民法には次のような規定があります。

第95条【錯誤】
① 意思表示は、次に掲げる錯誤に基づくものであって、その錯誤が法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なものであるときは、取り消すことができる。
一 意思表示に対応する意思を欠く錯誤
二 表意者が法律行為の基礎とした事情についてのその認識が真実に反する錯誤
② 前項第二号の規定による意思表示の取消しは、その事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていたときに限り、することができる。
③ 錯誤が表意者の重大な過失によるものであった場合には、次に掲げる場合を除き、第一項の規定による意思表示の取消しをすることができない。
一 相手方が表意者に錯誤があることを知り、又は重大な過失によって知らなかったとき。
二 相手方が表意者と同一の錯誤に陥っていたとき。
④ 第一項の規定による意思表示の取消しは、善意でかつ過失がない第三者に対抗することができない。

この規定を前提とすると、

➀相続放棄をしよう理由や動機に大きな勘違いがあった場合、

➁その理由や動機が表明されていれば、

上記民法第95条1項2号により相続放棄を取り消しうる可能性があります。

※実際に取り消そうと思った場合の手続については、次のページも参考にしていただけますと幸いです。

参照:詐欺・強迫を原因とする相続放棄の取消

福岡高等裁判所平成10年8月26日判決

上記民法第95条は、現行民法の規定ですが、旧民法下において、次のように判示した裁判例があります。一部、文節の区切りなど、読みやすくしたうえで紹介します。この判決は、相続放棄につき、錯誤無効(現行法下では「錯誤取消」として整理されています。)を認めた事例です。

福岡高等裁判所平成10年8月26日判決

申述人は、詳細は不明であるものの、被相続人には被控訴人会社ら以外の一般債権者からの多額の借金がある旨、他方、本件株式は所在不明であり、本件株券がなければ株主としての権利行使もできない旨、また、被相続人を相続しても多額の借金を相続するだけである旨の話を聞かされて、これを信じ、結局は太郎の過大な債務のみを承継させられるものと誤信し、これを回避することを動機として、本件申述に及んだものと認められる。
ところが、現実には、一般債権者からの多額の借入など現在に至るまで出てきておらず、株主としての権利行使に関しても、法律上誤った情報を信じて、右誤認の上、本件申述に及んだのであるから、申述人は、錯誤により本件申述をしたと認められる。
相続放棄の申述に動機の錯誤がある場合、当該動機が家庭裁判所において表明されていたり、相続の放棄により事実上及び法律上影響を受ける者に対して表明されているときは、民法九五条により、法律行為の要素の錯誤として相続放棄は無効になると解するのが相当である。(・・・一部省略)
しかしながら、被相続にの遺産である積極財産を構成するものは本件株券のみであり、本件申述により事実上及び法律上大きな影響を受けるのはA会社らである。(そして)、被相続人に、一般債権者から多額の借入があると控訴人らを誤信させた者はAの取締役である丙川である。また、本件株券がなければ株主としての権利を行使できないと誤信させたのは、Aの顧問税理士であり、被相続人の税理関係をもみていた税理士である。(・・・一部省略)
そうすると、本件申述の動機は、事実上及び法律上利害関係を有する被控訴人会社らに黙示的に表明されているとみるのが相当である。よって、本件申述には、要素の錯誤があるというべきである。

その他の裁判例

上記裁判例は、他の裁判例とも軸を一つにします。裁判所は、相続放棄についても、「動機の錯誤」によって無効ないし取消の対象となり得ることを前提に、その動機が重大なものか否か、その動機が表明されていたか否か、によって、錯誤無効ないし取消が認められるか否かを判断しています。

肯定例

錯誤無効が認められた肯定例二つを紹介します。

東京高等裁判所昭和63年4月25日判決

相続放棄が特定人に遺産を承継させる意図でなされた場合、当該放棄の結果、法律上正当な相続人として認められるべき者が誰であるかに関する錯誤は、相続放棄をするに至った動機に存するものであるが、かかる動機は、少なくとも相続放棄の手続において表示され、受理裁判所はもとより、当該相続放棄の結果反射的に影響を受ける利害関係者にも知り得べき客観的な状況が作出されている場合においては、表示された動機にかかる錯誤として、民法95条により当該放棄の無効が認められる

高松高等裁判所平成2年3月29日の事例

交通事故死亡者にかかる相続に関し、相続人の法定代理人によりなされた本件相続の放棄が、実際にはそれほど多額な債務がなかつたにもかかわらず、3000万円の債務があり、相続放棄をしないと債務の支払をしなければならなくなるから放棄をするようにといわれ、当該事故に基づく損害賠償債権が無いものと考えてなされたことを理由に無効とされた。

 

否定例

錯誤無効が否定された例を二つ紹介します。

昭和30年9月30日最高裁判決

甲の相続放棄の結果、乙の相続税が甲の予期に反して多額に上ったというようなことは、相続放棄の申述の内容となるものでなく、単に動機に過ぎず、民法95条の規定の適用はない。

昭和40年5月27日最高裁判決

相続放棄は家庭裁判所がその申述を受理することによりその効力を生ずるものであるが、その性質は私法上の財産法上の法律行為であるから、これにつき民法95条の規定の適用があることは当然である。

 

相続放棄申述時の注意

なお、上記のような裁判例を俯瞰するに、相続放棄の申述書の記載は、錯誤無効を主張するときの「動機の表明」(民法95条1項2号でいう「法律行為の基礎とされていることが表示」)としての位置づけに当たり得ます。

また、相続放棄に際しては、相続放棄をする理由・動機を利害関係人に通知していたか否かも錯誤無効(取り消し)が認められる需要なポイントになります。

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