今回は、相続廃除事由の一つである被相続人に対する「重大な侮辱」について解説します。
相続廃除事由としての侮辱とは
相続廃除事由である侮辱は、人の名誉や名誉感情を害する言動をいい、事実を適示するか否かを問いません。
「事実を指摘した」だけという場合も、ケースによっては侮辱を構成するすることがあります。
他方で、一回的・一時的な侮辱だけでは、「重大な侮辱」との評価は通常与えられません。
相続廃除と「重大な侮辱」に関する裁判例
上記「重大な侮辱」に該当するか否かは、ケースごとに判断をしていくことになりますが、「侮辱した行為」がどういったものか、が単に問題となるのではなく、その背景事情も含め、侮辱が重大か否かが判断されます。
この点、二つの裁判例が参考になりますので、見ていきます。
否定例―東京高裁平成8年9月2日決定―
まず、紹介するのが東京高裁平成8年9月2日決定です。
【規範部分・判断要素】
この決定は、結論において、「排除」を否定していますが、侮辱の程度につき、一般的な規範や判断要素を述べている点で参考になります。
【規範部分・判断要素】
【具体的事案における結論】
ここでは、仮に侮辱的な行為があったとしても、それを一方にのみ帰責できるかなど、侮辱の前提となる事情が審理の対象となっています。
肯定例 -東京高決平成4年10月14決定―
次に紹介するのは、東京高決平成4年10月14決定です。
少し事情は長いですが、侮辱に該当する事実の他、被相続人(ここではT)と相手方(ここではS及びA)との関係性や、S・Aが侮辱行為に至った経緯などが認定されており参考になります。一部、省略しながら、判旨を見ていきます。
【被相続人との関係悪化(怪我を負わせたこと)】
上記裁判例は、被相続人(T)に対して、相手方の一人Sが故意的に怪我をさせたことなどを事情のひとつとして認定しています。
【事情】
同月中旬ころ、被抗告人ら夫婦がT方を訪れた際に、Yと被抗告人Sといとが言い争いとなり、SはTにぬるい湯の入ったやかんを投げつけ、これがTの顔面に当たり、顔面が腫れ上がった。Tは、当日、千葉県に住む二女のUに電話して、「Sから殺されるから、助けてくれ」と繰り返し訴えた。驚いたUは、翌朝直ちに夫とともに車でT方に駆けつけたところ、Tの顔面が右のような状態であったので、医者に行くことを勧めたが、Tは、自分の息子に乱暴されたなどとは言えないとして拒んだ。
【相手方に被相続人の面倒を見ようという気持ちがなかったこと】
また、上記裁判例は被相続人(T)につき、相手方S及びAに面倒を見ようとする気持ちがなかったことなどを認定しています。
【事情】
【被相続人の配偶者の遺産を巡る争いが激しくなったこと】
また、上記裁判例は、被相続人(T)と相手方らとの間にTの配偶者であったYの遺産を巡る紛争があったこと、その紛争が激化していったことを詳細に認定しています。
しかし、S・Aらは、自分たちにも相続権があると主張して、Tの申し入れには頑として応じようとしなかった。
- 【被相続人と相手方らの対立の深刻化】
Tは、S・Aらとの対立が深刻化し、また、S・Aらから老後の世話を受けることはできないと考え、Uに対し、同人の住居の近くに土地を難入して移住したいと相談した。
Uは、医者からは、Tの健康状態について、興奮状態が続き、極めて不安定な精神状態であり、健康を害しているから、早急に気持の落ちつける場所に住まわせるようにと言われ、Tの世話についてK家政婦に引き続き全面的に頼り続けることもできないと考え、自分がTの面倒を見ることとした。
そこで、Tは、昭和63年12月、U居住地の隣接地50坪を購入し、平成元年1月ころ建物の建築に着手した。これらの購入資金等を捻出するためにも、本件不動産の売却が必要になったので、Tは自分名義の相続登記を早急にしたい考え、S・Aらに対し、1000万円を支払うので本件不動産をTだけが相続することを了解してもらいたいと要望したが、A・Aらは法定相続分に従った相続をすることを主張してこの要望も拒否した。 - 【相手方らの被相続人に対する罵倒】
そして、この話し合いの際に、Sは、Tを、「千葉に行って早く死ね、80まで生きれば十分だ」などと罵倒した。また、Aは、平成元年3月13日、14日ころ、Tに対し、「千葉のほうに土地を買ったろう。そんな金があるんだったら長男夫婦である自分たちの家を作ってくれ」と述べた。同席していた家政婦Kが、「Tは通院中で血圧が高いので、静かに話して下さい、興奮させないで下さい」と言ったところ、Aは、「老人は少しくらい興奮させた方がいい。85、6歳まで生きているんだから死んでもかまわない」と言い放った。
- 【被相続人と相手方らの対立のさらなる激化】
平成元年2月ころからは、TとS・Aらとの本件不動産の相続を巡る対立は一層激化し、TからK家政婦の自宅にまで「SAらが酷いことを言って脅迫する」という電話が何回もあるようになり、同年4月13日には、Tから「今からSが来る。Sに叩き殺されてしまう、助けてくれ」という恐怖に怯えた電話があった。家政婦Kは直ちにTを迎えに生き、同日と翌日の夜、自宅に忠を宿泊させた。このことを聞いたUは、心配して、Z弁護士に相談し、Z弁護士は、同月13日、SAらに対し、Yの遺産の分割の件は自分がTの代理人としてSAらとの交渉等を担当することになったこと、今後Tに対する直接の交渉、連絡等は遠慮されたいことを内容証明郵便で通告した。家政婦Kは、献身的かつ誠実にTの世話をしており、しかもTは一人では生活ができないような健康状態であったが、Sは同家政婦が家庭内の問題に介入し、U・Hに味方していると考えて、同家政婦を排除しようと企図し、同年4月13日ころ、○○区役所福祉課に電話して、同家政婦を辞めさせるようにと申し入れた。しかし、区役所福祉課の担当者は右申し入れを拒否した。
【他の推定相続人との関係性など】
また、上位裁判例は、さらに、被相続人と相手方や被相続人と他の推定相続人との関係性などについても認定をしています。
【事情】
上記裁判例は、以上のように詳細な認定をしながら、S・A両名には、忠に対する重大な侮辱があったものといわざるをえない旨の判断を示しています。