今回は、相続廃除事由の一つである被相続人に対する虐待についてです。
参照:相続廃除とは~法定相続人を相続手続から排除する~
相続廃除事由としての虐待
相続廃除事由の一つである「虐待」は、肉体的な虐待のみならず、精神的な虐待・経済的な虐待も含みうる概念です。
殴る・蹴るは勿論、執拗な精神的な攻撃や、被相続人の財産を不当に奪ったり、処分したりすることも、虐待に該当しえます。
※但し、被相続人の排除事由には、他に「重大な侮辱」や、「著しい非行」があり、虐待の一部は、各廃除事由と実質的に重なり合う側面があります。
相続廃除事由としての虐待に関する裁判例
相続廃除は、単に一回的な軽微な暴力があった、一時的な精神的攻撃があった、というだけでは認められず、相続権を奪うのを正当化するほどに重大といえることが必要です。
その審査に際しては、虐待の有無・事実・程度のみならず、その前後関係・文脈なども審理の対象となります。
いくつか、裁判例を見ていきます(一部、内容に変更の無い限度で、読みやすいよう改変しています。)
肉体的な虐待の例ー大阪高裁令和1年8月21日決定ー
肉体的虐待の例となる裁判例は、大阪高裁令和1年8月21日決定です。
この決定は、次のように述べて、被申立人の行為は虐待又は著しい非行に該当すると述べています。
【決定内容】
平成22年4月16日頃を除く各暴行についてBが陳述するような理由があり、被相続人の言動にBが立腹するような事情があったとしても、それに対し、当時60歳を優に超えていた被相続人に暴力を振るうことをもって対応することが許されないことはいうまでもないところである。
このように、Bが被相続人に対し、少なくとも3回にわたって暴行に及んだことは看過し得ないことと言わなければならない。
しかも、被相続人は、平成22年7月の暴行により鼻から出血するという傷害を負い、同年4月16日頃の暴行に至っては、その結果、被相続人において、全治約3週間を要する両側肋骨骨折、左外傷性気胸の傷害を負って、同月19日から同月23日まで入院治療を受けたのであり(甲1)、その結果も極めて重大である。
これらによれば、Bの被相続人に対する上記各暴行は、社会通念上、厳しい非難に値するものと言うべきである。
この事案では、被申立人は、被相続人が、被申立人を激怒させる、立腹させるような行動をとったなどの事情があったと主張していますが、裁判所は仮に被申立人が主張するような事情があったとしても、当該ケースにおいては、上記暴行は「社会通念上、厳しい非難に値する」旨判断しています。
精神的虐待・経済的虐待の例
次に、精神的虐待・経済的虐待の例を見ていきます。
肯定例―釧路家庭裁判所北見支部平成17年1月26日審判―
精神的虐待・経済的虐待につき、肯定例として参考となるのは、釧路家庭裁判所北見支部平成17年1月26日審判です。同審判は次のように述べて相続廃除を肯定しています。
なお、この事案では、相手方が、平成11年ころから、冬季の暖房代の節約と称して、自宅の居間をビニールシートでテントのように囲み、その中のみを暖房したり、集めてきた廃材を燃やすなどするようになったなどと認定されています。
【審判内容】
まず、相手方は、被相続人が末期ガンを宣告された上、手術も受けて退院し自宅療養中であったにもかかわらず、平成12年3月以降平成13年2月までの間(この間、寒さが厳しい時期が2度あったことになる。)、上記1(3)のとおりの療養に極めて不適切な環境(※)を作出し、被相続人にこの環境の中での生活を強いていたのであって、このような行為は、客観的にみても虐待と評価するほかない。</div>
次に、相手方は、・・・のとおり、被相続人本人からの不満や、E、Fらの再三の忠告にもかかわらず、・・・のとおりのビニールシートを使った生活を継続し、また、・・・のとおり、被相続人が死んでも構わないなどという趣旨の、その人格を否定するような発言もしている。
これらの事情に照らせば、相手方には、自ら闘病中の被相続人に対し虐待をしていると認識していたのはもちろん、これを積極的に認容していたと評価するほかない。
そして、相手方の被相続人に対する上記虐待行為は、その程度自体も甚だしく、相手方に推定相続人からの廃除という不利益を科してもやむを得ないものと考えられる。
また、・・・のとおりの経過に鑑みれば、被相続人は、平成13年2月以降死亡するに至るまで、相手方との離婚につき強い意思を有し続けていたといえるから、廃除を回避すべき特段の事情も見当たらない。
以上検討したところによれば、相手方が被相続人に対し虐待を加えたもので、かつ、これが推定相続人の廃除の要件たる「虐待」に当たることは明らかである。
否定例―令和2年2月27日大阪高等裁判所決定―
精神的虐待・経済的虐待につき、否定例として参考となるのは、令和2年2月27日大阪高等裁判所決定です。
1 この判決は、夫婦間の相続廃除について、次のように一般論を述べています。
【規範部分】
推定相続人の廃除は、被相続人の意思によって遺留分を有する推定相続人の相続権を剥奪する制度であるから、廃除事由である被相続人に対する虐待や重大な侮辱、その他の著しい非行は、被相続人との人的信頼関係を破壊し、推定相続人の遺留分を否定することが正当であると評価できる程度に重大なものでなければならず、夫婦関係にある推定相続人の場合には、離婚原因である「婚姻を継続し難い重大な事由」(民法770条1項5号)と同程度の非行が必要であると解するべきである。
2 続けて、同決定は、同事件の原審に反し(原審令和1年12月6日奈良家庭裁判所葛城支部審判は、排除を認めている。)次のように述べて排除を否定しています。
【判断部分】
被相続人は、本件遺言において、抗告人から精神的、経済的虐待を受けたと主張し、具体的理由として、〈1〉離婚請求、〈2〉不当訴訟の提起、〈3〉刑事告訴、〈4〉取締役の不当解任、〈5〉婚姻費用の不払い及び〈6〉被相続人の放置の各事由を挙げる。
しかし、被相続人は、本件遺言時に係属中であった離婚訴訟において、婚姻を継続し難い重大な事由はないし、これが存在するとしても有責配偶者からの離婚請求であるか、婚姻の継続を相当と認めるべき事情がある旨を主張して争ったうえ、本件遺言作成の後に言い渡された上記離婚訴訟の判決において、婚姻を継続し難い重大な事由(離婚原因)が認められないと判断された。
しかも、被相続人の遺産は、Dの株式など抗告人とともに営んでいた事業を通じて形成されたものである。
被相続人の挙げる上記〈1〉ないし〈6〉の各事由は、被相続人と抗告人との夫婦関係の不和が高じたものであるが、上記事業を巡る紛争に関連して生じており、約44年間に及ぶ婚姻期間のうちの5年余りの間に生じたものにすぎないのであり、被相続人の遺産形成への抗告人の寄与を考慮すれば、その遺留分を否定することが正当であると評価できる程度に重大なものということはできず、廃除事由には該当しない。