賃貸アパート相続放棄しても片づけの義務はある?

今回は、被相続人が亡くなった場合の賃貸アパートの片付けについて解説します。

相続開始後、アパートなど賃貸物件のオーナーから、被相続人の遺品等の片づけを依頼される相続人の方も少なくないと思います。

単純に相続するのであれば、片付けは随時行って構いません。むしろ早めに処理しないと、オーナーに迷惑をかけてしまうし、賃料も嵩んできます。

他方で、色々なホームページでも解説されていますが、相続放棄が視野に入る場合には、遺品類の片づけについては注意が必要です。

相続放棄前に片づけを行うリスク

相続放棄前に片づけを行うに際しての注意点は、遺品類は、被相続人の遺産でもあり、これを処分してしまうと、将来的に相続放棄が無効になってしまうかもしれない、という点です。

単純承認によって相続放棄ができなくなる?

相続放棄は、相続開始を知ってから3か月以内にしなければならない、という原則がありますが、これに加えて、次のようなルールがあります。

民法921条1号
相続人が相続財産の全部または一部を処分したときには、単純承認をしたものとみなす。

ここでいう処分には、不動産の売却などの法律的な行為のほか、財産の破棄など、事実上の行為も含まれると理解されています。

したがって、片付けに際して、遺産を勝手に捨てたりしてしまうと、「処分行為を行った!」などとして、後になって相続放棄が無効であると争われてしまう可能性がでてきてしまうのです。

片付けだけなら簡単に無効とはならないと思うが・・・

片付けに伴って財産を破棄したという場合、それが純粋にゴミであることが明らかなもの、生鮮食品類など腐敗しやすいものを捨てたからといって、直ちに相続放棄無効の判断に結びつくことはありません。

難しいのは、ゴミではないが、「財産的価値のないもの」(客観的無価値物)の取り扱いですが、これを捨てる、処分したからといって、直ちに相続放棄無効という判断にいたることはない、という考え方が支配的です。

大審院昭和3年7月3日判決
被相続人の衣類でも、一般経済価額を有するものを他人に贈与した時は、民法921条1号に該当する。

 

松山簡易裁判所昭和52年4月25日判決
民法921条1号の処分とは、一般的抽象的には、「一般経済価額」あるものの処分をさすと解すべきであるが、この理の具体的適用では、相続財産の総額と処分されたものの品名・額とを比較考量して衡平ないし信義則の見地から相続人に放棄の意思なしと認めるに足る如き処分行為に当る場合をさすと解すべきである。

実際の法律相談では

上記のとおり、被相続人の自宅の片付けをおこなっても、金銭的な価値のあるものを処分しなければ、簡単には相続放棄無効とされることはないように思われます。

しかしながら、法律相談などにおいて、「無価値物だから捨てても大丈夫だよ」と回答することはあまりありません。

一見、ボロボロに見えるジーンズが、実は希少価値のあるダメージジンズだったりした場合、これを捨てたり、受領したりすることで相続放棄が無効となってしまう蓋然性があります。家具家財も、もしかしたら値がつくかもしれません。

また、弁護士の発想として、その片づけは義務か?という視点があります。相続放棄をする場合、相続開始後、相続放棄前であって、「片付けをする法律上の義務」はありません。

これに対して、仮に「処分行為を行った」とみなされたとき、ケースによってはそのリスクは甚大です(被相続人の借金を全部承継する)。さらに言えば、「片付けなどを行った事実」が、相続放棄後の保存義務を基礎づける要素の一つになってしまうことも懸念されます。

こうした事情から、実際の法律相談に際しては、リスク回避を優先し、これから片付けしようと思うが大丈夫か?との相談があった場合、消極の判断を助言することの方が多いように思います。

 

相続放棄後の片付けのリスク

次に相続放棄後の片付けについてです。

まず、相続放棄が受理されて有効と扱われる場合、放棄者は、片付けを行う義務を負いません。

そして、旧民法では、条文の体裁が曖昧でしたが、現行法の民法では、相続放棄の時に、現に管理している財産を除いては、放棄者に保存・管理の義務が課されません。

民法940条
相続の放棄をした者は、その放棄の時に相続財産に属する財産を現に占有しているときは、相続人又は第九百五十二条第一項の相続財産の清算人に対して当該財産を引き渡すまでの間、自己の財産におけるのと同一の注意をもって、その財産を保存しなければならない。

他方で、民法921条3号は次の場合には、相続放棄後であっても、「単純承認したものとみなす」としています。

民法921条3号
相続人が、限定承認又は相続の放棄をした後であっても、相続財産の全部若しくは一部を隠匿し、私にこれを消費し、又は悪意でこれを相続財産の目録中に記載しなかったとき。

この規定によると、財産を隠匿したりした場合(所在不明にした場合を含む)、消費してしまった場合(ほしいままにこれを処分した場合など)には相続放棄が無効となってしまいます。

片づけをした結果、財産を隠匿した、処分した、との主張を受けるのは当然、放棄者側としては心外です。

また、仮に当該主張が認めら、相続放棄が翻って無効になった時のリスクもやはり大きいままです。

その結果、やはり法律相談での回答としては、消極のアドバイスをすることが多くなります。

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