今回は、遺産の使い込みについて、口座により判断が分かれた事例として、東京地方裁判所平成28年3月7日判決を紹介します。
事案(東京地方裁判所平成28年3月7日判決)
今回紹介する事例は、被相続人の生前に、ゆうちょ銀行と農協の通帳から多額の金銭が引き出されていた、というケースです。使い込みを行った者は、被相続人からの「贈与」であるとして使い込み自体を否定しています。
事案の特徴として、この裁判例は、ゆうちょ銀行については、口座からの金員の引出しにつき、使い込みを否定し、農協からの引出しについては使い込みを肯定しています。使い込みの有無を認定するためにどのような事情が必要か、を知る上で、格好の素材の一つです。
ゆうちょ銀行からの使い込みについて(否定)
まず、ゆうちょ銀行からの使い込みについてです。
裁判所の判示・判断内容
理解しやすくするために、一部、修正をしています。なお、ここでは、Yと表記する者が被告(使いこみを行ったと言われている者)です。
| 【裁判所の判旨・判断内容】
1 ゆうちょ貯金口座から引き出された1000万円について、原告は、Yが被相続人から管理を委託されたものであると主張するのに対し、被告らは、被相続人から贈与されたものであると主張する。 2 証拠によれば、Yは、平成17年4月当時、被相続人の世話をし、特に、Eが亡くなるまでの約4か月間は、被相続人を自宅に引き取って介護してもいたことが認められる。このように、被相続人が被告へとその保有財産を贈与しても不自然ということはできない。 そして、作成時期は明らかでないものの、Bが残したというノートのメモ書きには、「Pay off問題の時」という表題の下に、被相続人が農協の貯金口座から1000万円を引き出し、被告Yとともに郵便局に赴いて入金しようとしたところ、既に350万円の残高があり、650万円しか受け付けられなかったため、残りの350万円を農協の貯金口座に戻し入れたとの事実経過を表す図や文字が記され、さらに、「この時のAの言葉」として次のような記載がある。
このメモ書きは、被相続人の言葉や、被告Yに郵便局に預け入れている1000万円を「くれる」という趣旨が具体的に記してあり、その記述自体は、被相続人の言葉を比較的正確に記したものと考えられ、上記贈与の趣旨を裏付けるものといえる。 これらの事情に加えて、JA貯金口座1及び2の時期とは異なり、ゆうちょ貯金口座の1000万円の交付の時期には、被相続人は被告Yに通帳等を預けていなかったのであって、被告Yがこれを自由に使用することができる立場にあったとは認め難いこと、その後被告Yと原告とのやり取りも、ゆうちょ貯金口座の1000万円を話題として、被告Yの責任を認める趣旨のものとは解し難いことなどを併せ考えれば、ゆうちょ貯金口座の1000万円の交付がYの主張する贈与の趣旨のものであった可能性を排斥することができず、不当利得又は不法行為の成立は認め難い。 |
評価
上記裁判所の判断では、次の3つがおおきな判断要素となっています。
・被相続人に「贈与の動機」があったとの事情
・メモにあった「被相続人に贈与の意思があったこと」をうかがわせる事情、
・預貯金を被告が自由に使える立場にあったとは言い難いこと
農協口座からの使い込みについて(肯定)
上記ゆうちょ銀行からの引出しと異なり、裁判所は、農協口座(二口)からの使い込みについては、これを肯定しています。
裁判所の判示・判断内容
裁判所は次のような判断を示しています(理解しやすくするために、一部、修正をしています。)。
【裁判所の判旨・判断内容】
【双方の主張について】JA貯金口座1及び2の貯金(JA貯金口座1については、貯金額の振替の原資となった本件解約口座を含む。以下同じ。)の通帳等は、引出しの当時、被告Yが管理していたところ、原告は、これは被相続人から管理を委託されたものであると主張するのに対し、被告Yは、被相続人から贈与されたものであると主張する。 【管理委託か贈与か】被相続人は、Eの死亡後、一人暮らしをしていたが、近くに住まいを構える被告Yは、被相続人がHに入居するまでの間、その生活の世話をしていたこと、他方で、東京に住まいを構える原告は、日常的な生活の世話までみる立場にはなかったこと、そして、JA貯金口座1の通帳を、原告及びFのいる場でこれをBが受け取り、その直後から、被告Yが、被相続人の上記各貯金口座の通帳から、同夫婦が継続的にその貯金を引き出し、かつ、Hの費用等に充てていることが認められる。 以上の事実に加えて、原告、被告ら、C及びFが平成24年7月22日に集まり、被相続人の遺産を確認するための話合いを持った際、原告及びFが、E及び被相続人のすべての遺産を「L」、すなわちLに住む被告YないしBに預けたと述べたところ、YもCも、そのことを前提にして、あるいは取り立てて異議も述べずに話題を進めていると認められることなどに照らせば、原告が主張するとおり、被告Yは、被相続人から、上記各貯金口座からの貯金の引出等について、何らかの委託を受けていたと推認することができる。 【使い込みを認める発言等】他方、証拠(甲23の1、2、甲24の1、2)によれば、上記話合いの場において、被告Yの子であるCやY2(共同被告Yの妻)が、上記各貯金等の費消に関し、「すみませんでした」と謝罪したり、Cが、「使い込みました。・・・べらぼうに豪遊して使い込んだわけじゃない」などと弁明している。 また、被告Yも、平成24年4月14日及び15日の原告との電話口でのやり取りの中で、次のように述べ、被相続人の貯金を自己のために費消したことを認めた上で、それが本来許されないことであるとして、原告に謝罪する趣旨の発言をしていることが認められる。
そうすると、JA貯金口座1及び2の貯金について、被告Y1夫婦は、贈与を受けたのではなく、被相続人のために支出するものとしての管理の委託を受けたものと認められるのであって、被告Y1夫婦らが自己のために費消することが許されてはいなかったと認められる(以下、被告の弁明部分については省略)。 【使い込みを認める判断】そして、以上のとおり認定した事実、とりわけ、被告Y夫婦が、自ら生活資金を管理することが困難な状況にある被相続人から、JA貯金口座1及び2の貯金を、被相続人のために支出する目的で、寄託を受けたことや、被告らの側の関係者がその非を認めるやり取りを原告に対してしていることに照らすと、被告Y1夫妻がJA貯金口座1及び2から引き出した額は、被相続人のために支出したことが裏付けられる額を除いては、被告Y1夫妻が自らのために費消したものであって、その引出行為は、その引出権限を超えるものとして、被相続人に対する不法行為に当たり、かつ、その引出金の領得行為は不当利得に当たると推認するのが相当である。 |
評価
ここでは、Yが管理委託をうけていたことが認定されています。
この管理委託の認定の意味は、Yが、通帳を預けられていたとしても、「自由に使っていいい」というわけではなく、被相続人が委託した範囲・目的でのみ預貯金を引き出して使うことが許されていた、という判断を導くことにあります。
これに加えて、当事者の言動から、裁判所は使い込みの事実を認定しています。また、ゆうちょ銀行のときと異なり、「被相続人に贈与の意思があったこと」をうかがわせる事情がなかったことも、判断を分けた事情のひとつとして認められます。