相続放棄:遺産から、葬儀費用・墓石・仏壇購入費用をねん出したケース

今回は、相続放棄に関して、遺産から葬儀費用・墓石・仏壇購入費用をねん出したケースを紹介します。

処分行為と単純承認

相続人が、相続開始を知ってから、被相続人の財産を処分したりすると、原則論として、相続人は、相続について単純承認したものとみなされます。

この場合、以後の放棄は無効であり、被相続人の借金なども承継することになるのが原則です。

そして、この原則論を貫くと、遺産から、葬儀費用や暮石、仏壇購入費用を支出した場合、相続人は、もはや相続を放棄することができないとの結論になります。

大坂高裁平成14年7月3日決定

上記の原則論と異なり、相続人が、遺産の中から、葬儀費用や暮石、仏壇購入費用を支出した場合について、相続放棄の有効性を肯定した事例があります。大坂高裁平成14年7月3日決定です。

必ずしも一般化できるものではありませんが、参考になる判決です。

事案

この大坂高裁平成14年7月3日決定の事案は、相続人らが、預貯金を解約した上で、葬儀費用や暮石、仏壇購入費用を支出したあと、多額の借金(保証債務)があることが分かったという事案です。読みやすいように、内容を変えない範囲で、一部改変した上、紹介します。

葬儀費用や暮石、仏壇購入費用の支出

相続放棄前に行われた行為はつぎのとおり。

  • 被相続人は平成10年4月27日に死亡し、相続人らが葬儀を行い、香典として144万円を受領した。
  • 被相続人名義で預入金額300万円の郵便貯金があった。他方で、他に被相続人の遺産があったとは認められない。
  • 相続人の一人は、同年5月27日に本件貯金を解約したが、その解約金は302万4825円であった(香典と合わせると446万4825円となる。)。
  • 相続人らは、これらから、被相続人の葬儀費用等として273万5045円を支出したほか、同年6月に仏壇を92万7150円で購入し、墓石を127万0500円で購入した(墓地は事前に購入していた)。
  • これらの合計は493万2695円となるところ、前記香典及び本件貯金の解約金を充て、不足分46万円余りは抗告人らが負担した。

【保証債務の存在の覚知】

相続開始から3年以上が経過した後、相続人らは保証債務の存在を知ります。認定された事実はつぎのとおり。

  • 平成13年10月になって、○○信用保証協会から、被相続人あてに、「同保証協会が債務者△△分として、あなたに対して有する求債権の残高をお知らせします。」と記載し、求債権2口元金及び損害金総計5941万8010円と記載した同月16日付けの残高通知書が送付された。
  • これにより、相続人らは初めて被相続人にまだ多額の債務が残っていたことを知った。

判断

大阪高裁は、上記認定のもと、次のように判示しています。

葬儀費用について

【判旨】
葬儀は、人生最後の儀式として執り行われるものであり、社会的儀式として必要性が高いものである。

そして、その時期を予想することは困難であり、葬儀を執り行うためには、必ず相当額の支出を伴うものである。これらの点からすれば、被相続人に相続財産があるときは、それをもって被相続人の葬儀費用に充当しても社会的見地から不当なものとはいえない。

また、相続財産があるにもかかわらず、これを使用することが許されず、相続人らに資力がないため被相続人の葬儀を執り行うことができないとすれば、むしろ非常識な結果といわざるを得ないものである。

したがって、相続財産から葬儀費用を支出する行為は、法定単純承認たる「相続財産の処分」(民法921条1号)というべきである。

仏壇や墓石の購入費用について

【判旨(一部読みやすく改変)】
葬儀の後に仏壇や墓石を購入することは、葬儀費用の支払とはやや趣を異にする面があるが、一家の中心である夫ないし父親が死亡した場合に、その家に仏壇がなければこれを購入して死者をまつり、墓地があっても墓石がない場合にこれを建立して死者を弔うことも我が国の通常の慣例であり、預貯金等の被相続人の財産が残された場合で、相続債務があることが分からない場合に、遺族がこれを利用することも自然な行動である。

そして、相続人らが購入した仏壇及び墓石は、いずれも社会的にみて不相当に高額のものとも断定できない上、相続人らが香典及び本件貯金からこれらの購入費用を支出したが不足したため、一部は自己負担したものである。

これらの事実に、葬儀費用に関して先に述べたところと併せ考えると、相続人らが本件貯金を解約し、その一部を仏壇及び墓石の購入費用の一部に充てた行為が、明白に法定単純承認たる「相続財産の処分」(民法921条1号)に当たるとは断定できないというべきである。

検討・評価

以下、上記事案に対する検討・評価です。

原審について

この事案の原審(京都家庭裁判所平成14年3月27日判決)は、葬儀費用については先例(東京控訴院昭和11年9月21日判決)と同様、相続財産から葬儀費用を充当したことにつき、相続財産の処分には該当しないとしています。

他方で、墓石の購入については、葬儀と異なり、必ずしも被相続人のためだけに必要なものではないこと、葬儀費用の支払いほどに急ぐものではないこと、金額が127万500円と高額であることを理由に、相続財産の処分に該当するとしています。

「金額の多寡」でいえば、葬儀費用・仏具購入・墓石購入につき、400万円を費消した本件は、処分性あり、とされる可能性が十分にあるケースです。遺産が債権者らの引き当て財産であることに鑑みると、原審の立場も十分に分かります。

昭和59年4月27日最高裁判決との共通点

他方で、本件は、遺産が、葬儀や祭祀供養物にのみ支出されていること、かえって、相続人らが不足分46万円を負担していること(遺産取得による利益は小さい)に加え、後から大きな借金があると分かったことが高裁判断の判断を事実上支えているのではないかと思われます。

そのため、熟慮期間経過後に後から大きな借金があることが分かった最高裁判決が想起されます。他の記事でも紹介しています、昭和59年4月27日判決は、熟慮期間経過後の相続放棄について、次のような判断をしています。

【最高裁】次の二つの要件の下、熟慮期間経過後の相続放棄を有効と扱う。

  • 熟慮期間内に相続放棄等をしなかったのが被相続人に相続財産が全く存在しないと信じたためであること
  • 被相続人の生活歴、被相続人と相続人との間の交際状態その他諸般の状況からみて当該相続人に対し相続財産の有無の調査を期待することが著しく困難な事情があって、相続人において、被相続人に相続財産が全くないと信ずるについて相当な理由があると認められること

参考:相続放棄の熟慮期間~3か月を過ぎてしまった場合~

この最高裁判断は、一種の救済的判決となっていますが、上記大坂高裁も、当該事案において、救済的な措置をはかったという点で共通します。

遺産からの実質的利得の乏しい相続人らにつき、突然数千万円の借金を負担せよ、というのはあまりに酷です。そこで、400万円をこえる支出をしているものの、これを救済するため、仏壇及び墓石の購入費用の一部に充てた行為が、明白に法定単純承認たる「相続財産の処分」にあたるか否かにつき、断定できない、としたとも評価することが可能です。

そうだとすれば、400万円程度であれば、葬儀費用や祭祀仏具の購入費用に充てて良い、墓石を買ってよい、それでも相続放棄が出来る、と考えるのは早計です。特に、借金があることを知りながら、多額の費用を支出した場合、上記大坂高裁の判断とは異なる論理過程で、違う結論も出されうるように思われます。

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