今回は、相続欠格の二重の故意についてです。
相続欠格と二重の故意
相続欠格は、ある特定の行為を行った相続人につき、相続の資格を失わせる仕組みを言います。民法では891条に次のとおり規定されています。
次に掲げる者は、相続人となることができない。
- 故意に被相続人又は相続について先順位若しくは同順位にある者を死亡するに至らせ、又は至らせようとしたために、刑に処せられた者
- 被相続人の殺害されたことを知って、これを告発せず、又は告訴しなかった者。ただし、その者に是非の弁別がないとき、又は殺害者が自己の配偶者若しくは直系血族であったときは、この限りでない。
- 詐欺又は強迫によって、被相続人が相続に関する遺言をし、撤回し、取り消し、又は変更することを妨げた者
- 詐欺又は強迫によって、被相続人に相続に関する遺言をさせ、撤回させ、取り消させ、又は変更させた者
- 相続に関する被相続人の遺言書を偽造し、変造し、破棄し、又は隠匿した者
条文の規定だけからすると、たとえば、遺言書を破棄した場合、直ちに相続人の地位を失うかのように読めます。
しかし、実務的には、単に遺言書を破棄しただけでは、相続欠格にはならないと解されています。遺言書の破棄を理由に相続欠格とするには二重の故意が必要とされているのです。
891条5号~相続欠格に係る二重の故意とは~
ここでいう二重の故意とは、①遺言書を故意に、破棄又は隠匿することに加え、その行為が、相続に関して不当な利益を目的」を有していたことを意味します。
最高裁判所平成9年1月28日判決は、相続人が相続に関する被相続人の遺言書を破棄又は隠匿した場合において、相続人の右行為が相続に関して不当な利益を目的とするものでなかったときは、右相続人は、民法891条5号所定の相続欠格者には当たらないものと解するのが相当であると判示し、二重の故意必要説に立ちます。
したがって、単に遺言書を破棄したにとどまり、不当な利益を得ることを目的としていなかった場合、相続欠格には該当しません。
891条1号から4号について
では、5号以外の他の欠格事由についてはどうでしょうか。
詐欺又は強迫による遺言への干渉など(891条3号及び4号)について
まず、891条3号・4号についてです。
上記最高裁の判示は、891条5号に判断したものであり、このことから、他の欠格事由があった場合に、二重の故意が必要かは直ちには導けません。
もっとも、詐欺又は強迫による遺言者へ干渉する行為(3号・4号)についても、二重の故意が必要であるとするのが学説では通説的見解となっています。
学説に従えば、詐欺によって、遺言者に遺言をさせた場合であっても、そこに不当な利益を得る目的がなければ、相続欠格には該当しない、こととなります。
故意に人を死に至らせるなどの行為について
最後に、891条1号2号についてです。
891条1号について
では、故意に人を死に至らせる行為(891条1号)についてはどうでしょうか。
891条1号が定める欠格事由は、「故意に被相続人又は相続について先順位若しくは同順位にある者を死亡するに至らせ、又は至らせようとした」ことです。
学説も、当該要件については、二重の故意を不要とする見解が趨勢です。
891条2号について
最後に、不告訴(891条2号)についてです。
欠格事由としては、「被相続人の殺害されたことを知って、これを告発せず、又は告訴しなかった者。」とされています。
そもそも、この規定は、現代においては、その合理性が強く疑問視されており(公法・私法の混濁)、この規定をもって、欠格事由ありと判断された裁判例はおそらくありません。
仮に形式的にこの要件に該当するとしても、相続欠格の効果を生ぜしめるか否かについては、他に何らかの要件(≒二重の故意ないしその他特別な要件)が必要との解釈が導かれるものと思われます。